地域振興の視点
2007/05
 
東大まちづくり大学院 学生募集中
 

 今回は私の職場に係る話で、新設の「東大まちづくり大学院」を紹介したい。そんなのがあるの?と言われそうだが、今年の10月1日に発足する予定で、現在学生募集中(出願期間 5月21日から31日、入学試験 6月30日(土)、http://www.due.t.u-tokyo.ac.jp/mps/index.html参照)である。
 ※テキストリンク(URL)をクリックすると大学院のサイトへジャンプします。

 この大学院は、東京大学大学院工学系研究科の都市工学、社会基盤学、建築学の3専攻が協力してつくる社会人向けの修士課程で、都市工学専攻に属する「都市持続再生学コース」が正式名称である。本誌でもたびたび案内を掲載してきたように、私も、所属する先端科学技術研究センターを舞台に、「先端まちづくり学校」を5年間にわたって開講してきたし、研究拠点強化のためのCOEプロジェクトでは先述の3専攻が協力して都市持続再生学の研究を重ねてきた。こうした活動が準備過程になって新しい修士コースが立ち上がった。

 特色の第一は、実務に携わる人の関心や知的好奇心に応えるようなカリキュラムを目指していることである。“まちづくり”というと、確かに土地利用、施設整備、交通といった土地や建物の整備につながる行政を中心とする領域を含むが、今日では、市民のネットワークやそれを通じた合意形成や諸活動がまちづくりを身近なものとしてきたし、最近オープンしたミッドタウンや新丸ビルを見ても民間企業が行う都市開発事業がまちに大きな影響を与えるようになってきた。その意味では、市民や民間企業が行う民間諸活動が、都市という共有財産に大きな価値をもたらすケースが増えている。この点を徹底して掘り下げ、ハードのみならずソフト志向、公共セクターによる都市計画や都市整備のみならず民間ベース、市民ベースのまちづくりの行方を見極めたいと思っている。
 これと関連して、第二に、都市のマネジメントをキーワードの一つに据えようと思っている。人口がピークを超えた成熟社会であるから、開発主義ではなく、緑や水など自然的空間と人工的な空間の調和や、受益者負担を原則とした施設管理など、土地利用や都市施設に関する適切なマネジメントがますます重要な概念になっていくと考えるからである。
 特色の第三は、大学のカリキュラム上は6限と7限(6時間目と7時間目)、つまりウィークデイに何日か18時過ぎから3時間ほどの講義をとり、さらに土曜日に行われる演習に参加すれば修了に必要な単位を取得できることである。東大でもついに夜学を始めるのか、と驚く人も多いのだが、もちろん昼の講義を受講することもできる。受講時間に関する多様な選択肢を設けたのは、仕事がまちづくりと密接に関係しており、実務の中から研究テーマを拾い出すことができる人が少なくないことを考慮したからである。東京周辺に住居がない場合には、派遣や休職などで住居を移して入学することが必要となるが、社会人向けのまちづくり大学院の需要が多くなれば、各地にこうした試みが広がると思っている。加えて、まちづくりというきわめて応用的な分野では、大学を卒業してそのまま大学院に進学するより、一旦社会に出て、問題意識の高まりに応じて大学院に入り直したり、大学や大学院での専門分野は異なるが、仕事を通じて高まった学習意欲に突き動かされてまちづくり関係の大学院で学んでみようと考えるなど仕事と学習・研究の関係が重なり合うのが望ましいといえる。東大まちづくり大学院は、知的好奇心旺盛な社会人に集中的にそれを満たす場を提供したいと思うのである。
 去る3月26日にこの大学院を紹介するためにシンポジウムを行ったところ、予想を超える参加者があり、関心の深さを実感した。見回してみると、ロースクールから始まって、専門職能養成、社会人向けの大学院が増えてきた。私も自分の職場の他に2つほどの大学院で講義を受け持っている。こうした大学院への関心を高級カルチャーセンターと揶揄する人もいるが、私は専門的な職業意識の高まりと前向きに捉えたい。諸外国をみると都市計画―まちづくりの分野の職能制度が発達している国が多い。イギリス(カナダ、オーストラリア、ニュージーランドにも提携した組織)、アメリカ、ドイツ、フランス、オランダなどの主要国では、それぞれ職能認定制度を持ち、専門家が都市計画の実務に携わるようになっている(倉田直道「海外の都市計画家の職能」、日本都市計画家協会Planners46、6-9に詳しい)。それに比べると日本では職能制度は確立していない。おそらく長く都市計画が公務員の手による行政実務をメインとして行われ、例えば民間のコンサルタントは行政官の仕事を陰で支える黒子という位置に置かれてきたことと関係がありそうだ。しかし、日本の官公庁は、内部における頻繁な人事異動と内外の人事交流の希薄さ(特に幹部級で)に特徴があるので、行政実務にもコンサルタントなど外部人材の協力が不可欠であり、専門家の果たしている役割は現在でも決して小さくない。その意味では、今回の東大まちづくり大学院が職能制度発展のきっかけとなればよいと思う。
 しかし、一方で、まちづくりが専門家の手だけに委ねられることの弊害も指摘されてきた。まちづくりが建築や土木の工事を伴うので、談合問題が社会問題であり続けるとともに、高コスト構造が指摘されているし、役所からの天下りも批判の的である。つまり、まちづくりの仕事の仕方、主体の係り方には、多くの改善するべき点があり、これが進まなければ安心して専門家に任せるという意識が生まれないというのも残念ながら否定できない。東大まちづくり大学院ではこうした日本社会の状況を考えて、単に従来の意味での専門家だけではなく、まちづくりNPOや種々のボランティア組織などに参加するより広い範囲のまちづくりに深い関心を寄せる人びとをも対象として、学生を広く募ることにした。こうした多方面の人びとが集まって、まちづくりの技法もさることながら、まちづくりにおける倫理や職能制度のあり方を論ずることによって従来の職能範囲を超えた新しい職能像が浮かび上がり、より社会的に信頼され、認知される形でまちづくりの職能制度が確立できることを目指したい。さらに加えて、社会人向けの大学院が、長寿社会に対応した、学んで働くというサイクルの反復に弾みを与えることができればいいと思うのである。
(おおにし たかし)

記事内容、写真等の無断転載・無断利用は、固くお断りいたします。
Copyright (c) Webmaster of Japan Center for Area Development Research. All rights reserved.

2007年05月号 目次へ戻る