中野潔 編著
2007/06
 
『社会安全システム――社会、まち、ひとの安全とその技術
東京電機大学出版(定価3,570円、2007.02)

 凶悪事件を巡る報道、変容する地域社会などを背景に、市民の犯罪に対する不安が高まっていると言われる。一方で、「特定の価値観に偏った排他的な社会を生む」(20%)、「快適性やプライバシーなどを損なう」(18%)といった、犯罪対策への不安も聞こえてくる(建築研究所調べ)。街なかに増殖する防犯カメラはまさにその典型で、メディアも期待と懸念を日替わりの如く報じている。冒頭で編著者代表が述べるように、社会安全システムは「両刃の刃」であり、それを使いこなす知恵は、「多重多様な論議の中から積み上げていき、伝え合っていくしかない」のだろう。
 本書では「社会安全システム」を、情報通信システムだけでなく、設計手法・設備などの体系、組織・人的システム、制度などの体系も含むものと捉え、大学教員、弁護士、民間企業や自治体の職員と多様な著者陣が、まさに「多重多様な論議」を行っている。
 一部の章を紹介する。第4章と第5章は都市工学を専門とする瀬田史彦が執筆。他のまちづくり分野と同様、防犯まちづくりにおいても意思決定や役割分担といった課題が存在すること、特に地域の中にICT技術を導入する際の、設置決定権者、情報の取り扱い、機器の費用負担の問題について論じている。危機意識が高い防犯だけでなく、防災、環境保全、社会的弱者の保護も含む総合的観点からまちづくりを進める必要があるという第5章の趣旨に共感を覚える。
 第6章では情報工学が専門の中野潔が、情報通信技術を用いた様々な防犯関連システムを概観している。幾つかの実例は第11章で詳説されており、その一つに有名な「ユビキタス街角見守りロボット」(大阪市中央区)もある。子どもの緊急時に地域住民が駆けつける仕組みには課題も少なくないようだが、
  ICT技術とコミュニティとの連携という方向性に期待が持たれる。
 第7章は法律家の小林正啓が執筆。「現状と法的規範の乖離が最も著しい」防犯カメラを巡る論点について、政治的・社会的・技術的背景、裁判例、学説を踏まえた検討を行っている。多くの地域において防犯カメラの設置運用に関するルールが不在、あるいは不十分な現状は、カメラ消極派にも積極派にも望ましい状況ではない。防犯カメラ等の「設置運用及び記録データの利用等が適法であるための要件」として提案される規準は、そのルール作りに向けて大いに参考になるであろう。先進的な地方自治体が策定した規則・指針を整理した第8章(中野)と対照して読むことができる。
 紙面の都合で紹介できないが、社会安全全般について論じた第1章から第3章(井出明)、RFID等の要素技術とその応用について論じた第9章、第10章(安藤茂樹)もそれぞれ興味深い。
 タイトルはICT礼賛の内容を想像させるかもしれないが、防犯に取り組む方々だけでなく、もう一辺の「刃」を懸念する方々にも薦めたい一冊である。
(独立行政法人建築研究所・樋野公宏)

書影イメージ

記事内容、写真等の無断転載・無断利用は、固くお断りいたします。
Copyright (c) Webmaster of Japan Center for Area Development Research. All rights reserved.

2007年06月号 目次へ戻る