乾亨・延藤安弘 編著

2012/05

 
『マンションをふるさとにしたユーコート物語
                      ――これからの集合住宅育て』
昭和堂(定価2,900円+税 2012.01)

  人びとの語る物語がマンションの新しい姿をつくりあげ、そのマンションが人生の物語をさらに紡ぎ出す……本書は、京都郊外にともにマンションをつくった人びとの夢のような物語であり、そのマンションが人びとに語らせている現実の物語である。京都の洛西ニュータウンに建設されたユーコートという集合住宅の成り立ちとそこに生きる人びとを語る本書は、コンクリートでつくられたマンションでありながら、緑に覆われたふるさとの物語を語る。それは、現代のおとぎ話のようにも読める。しかし、現実の話である。
  ユーコートの歴史は、1982年の春に始まる。ユーコートは、「生活者が主人公になる新しい京の町家をつくりませんか?」という問いかけにこたえて集まった48世帯が3年10カ月をかけて完成させたコーポラティブ住宅である。「土地ありき」「モノありき」ではなく、「住み手ありき」「暮らしありき」の生活者主導のやわらかい対話プロセス重視による「参加のデザイン」でつくられた。本書は、その顛末を面白く、楽しくとりまとめた夢のような本である。しかし、それだけではない。本書には、人間にとって、「住む」、「暮らす」とはどのようなことか、そもそも「生きる」とはどのようなことかという根源的な問いへの示唆がちりばめられている。
  私が本書を「夢のような本」と言ったひとつの理由は、著者の乾亨、延藤安弘両氏の案内でユーコートを訪れたことがあったからである。それは文字通り、大都市郊外のニュータウンの中にぽっかり空いた夢空間であった。そこでデザインされた空間は、わたしの心の中にあった現代的なマンション像の常識を粉砕するパワーをもっていた。例えば、「つづきバルコニー」がある。鍵を忘れて帰ってきた子どもが、お隣にあがらせてもらい、このつづきバルコニーを通って家に入ったり、突然の雨の際には、留守中の住戸の洗濯物を取り込んであげたり、ちょっとしたおすそわけの行き来に利用されている。「空中路地」と表現されるこの空間は、マンション時代以前の路地裏の生活が新たな意匠とともにデザインされているのである。その空間デザインは、そこに生きる人びとの行動の基盤をデザインし、暮らしをデザインし、人生をデザインしている。

 

 人生のデザインと空間のデザインが一体になっているところがユーコートのすばらしさである。しかも、そのデザインは、デザイナーやマンション会社のお仕着せではない。人びとの対話から生み出された人生空間のデザインなのである。
  もうひとつ。ユーコートの中庭は自然がいっぱいである。「ユーコートは小さな地球」という認識が住民に共有されて、この理想の実現がそこに住む人びとに喜びを与え、また、訪れる人びとを歓迎する。「中庭の緑・土・水とのかかわりは、人間として生きる幸福感をお互いが分かち合うことにつながっている」と本書の著者は述べている。「幸福感をお互いが分かち合う」というユーコートの思想は、人間の幸福を「人びととともにあること」のうちに見いだすのである。
  いまニュースでは、毎日のように「孤立死」「孤独死」が伝えられている。都会の生活で失われた何かが人びとを孤立させ、何の助けのないまま悲惨な最期に至る。現代日本が文明国であることに深い疑念を抱かざるをえない現象である。人間は、人と人の間であるというのが日本の人間理解であったはずである。人と人の間に広がる空間をどうデザインするかという課題が日本社会の根幹に横たわっている。この根源的な問題を解決するためのたくさんのヒントが本書の中には秘められている。

(東京工業大学大学院教授・桑子敏雄)

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