2014年10月号
通巻601号

特集 島ぐらし

『地域開発』のバックナンバーを見返してみた。1972 年11月に、「離島の地域開発」を特集している。1980年代前半には、「沖縄シマおこし」を取り上げたものが5冊あった。本号は、久々に島にフォーカスした特集になる。

 1972年の離島特集では、高度経済成長に自信を強めていた日本において、本土と離島の格差が増大しているという認識が強い。1953年離島振興法の2次延長を目前にして、シビルミニマムの充足を卒業し、さらなる離島振興の必要性が提起される一方で、開発と環境保全のせめぎ合いの問題が見え隠れしている。

 新藤兼人監督の『裸の島』(1960年)は、インフラ未整備で労苦を強いられる島暮らしの象徴のような映画だが電気も水道もない小島で、急斜面を開墾した畑にまく水を汲みに、夫婦は、隣島とひたすら行き来する。映画のロケ地となったのは瀬戸内海に浮かぶ宿禰島である。そこには芸術にまで高められた崇高な人間の底力がみなぎっている。

 同法は、2012年に6回目の改正・延長となった。「島」という言葉のニュアンスもずいぶん変わった。「島」から「リゾート」や「癒し」を真っ先に連想する人のほうがいまや多いのではないだろうか。

 グローバル化の一途にあり、輪郭の不確かで難解な社会に生きている私たちにとって、島はわかりやすい。船で島に近づくと、島影が徐々大きくなり、全容を知ってからそこに降り立つ安心感がある。小柳ルミ子のヒット曲『瀬戸の花嫁』は、島から別の島へ嫁に行く若い女性の心情を気丈に歌い上げている。島を出る、島に行く。人は、島に人生のリセットをどこか期待して魅かれているのかもしれない。「段々畑に、お別れするのよ?」。この歌が発表された1972 年は、瀬戸内海の赤潮が問題となっていた年でもあった。

 都市生活の歯車がどんどん精巧になって、人びとは、アソビのないシステムに組み込まれ、走り続けざるをえない。便利だけれどそれ以上でも以下でもない都会生活に、ふと物足りなさを感じる。もっと人間的に、家族との時間を大切にしたいと、島暮らしに踏み出す者が目立つようになってきた。また、島だからこそチャレンジできることにかける若者もいる。とはいえ、島に腰を据えて一生暮すのは、かなりハードルが高い。

 今、人は何を求めて島を訪れ、島暮らしにかける若者たちは島で何に気づいたのだろうか。その先に島の将来を探ってみたいと思う。そこには、1972年に特集したときには予見されていなかった、島の魅力としての、ゆったりした時間の流れやおおらかな仕事のリズムももちろんあろう。でもそれだけだろうか。日本人は島と一喜一憂して慎ましくも豊かな暮らしを営んできた。本特集は「島ぐらし」の変わらない価値を再発見する試みでもある。

「地域開発」編集委員
岡部 明子
(千葉大学工学部教授)

特集にあたって
岡部 明子  
島を暮らし継ぐ覚悟 宮本常一の周防大島を訪ねて
岡部 明子 千葉大学工学部教授
島景色が人を癒す:竹富島
西山 徳明 北海道大学観光学高等研究センター長
島の風土と建築:宮古島
伊志嶺 敏子 伊志嶺敏子一級建築士事務所代表
子ども「島暮らし」体験と「他火」
清水 慎一 観光地域づくりプラットフォーム推進機構会長
島育ちの目から見た瀬戸内の半世紀
藤田 盟児 広島国際大学大学院教授
編集者と料理研究家、弓削島で暮らす
宮畑 周平 瀬戸内編集デザイン研究所
海士町で暮らす、はたらく730日
西上 ありさ コミュニティデザイナー
400キロの海を隔てて−内なる奄美を外から書く
出水沢 藍子 作家・前奄美群島振興開発審議委員
島の経済を担う人々と健やかな価値観
鯨本 あつこ 離島経済新聞社主宰
小笠原諸島の昔と今
海津 ゆりえ 文教大学国際学部教授
離島振興の変質〜本土・都市との多元的対流による振興の視点〜
阿比留 勝利 城西国際大学客員教授
◎特別連載(第7回)人口減少社会に求められる自治体の計画行政と計画技術
将来の自治体の最悪展望を回避するマネジメントのあり方
長瀬 光市 慶應義塾大学大学院・政策メディア研究科 特任教授
増田 勝 東京家政学院大学客員教授
◎連載(第3回)現場で活躍できる自治体職員の条件−出る杭を伸ばすには
「政策」を、「地域の視点」で見詰め直せ
浦野 秀一 あしコミュニティ研究所所長
表3 Library
表4 いまを生きる
水柿 大地 みんなの孫プロジェクト代表

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