2019年冬号
通巻628号

特集 農の見える都市的ライフスタイル

「都市に農地は不要」から「必要」へ、価値観が変化してきた。こうした状況に呼応して、2015年には都市農業振興基本法が制定されたり、2018年13番目の用途地域として「田園住居地域」が追加されるなど、都市の側が農を積極的に認知し歓迎する方向に大きく舵を切った。「農」が、人口減少で空き地の増える都市の救世主として期待されている。一方の都市近郊農家の側も、市街化圧力が弱まり、以前ほど「いつでも宅地化できる」という楽観はなくなった。それなのに、担い手の高齢化と人材不足に、いわゆる生産緑地の2022年問題が追い撃ちをかけ、農地の大幅消失が見込まれている。
このように昨今、都市農地をめぐる制度変更が、農地を抱える近郊自治体の大きな関心事となっているが、こうした都市農をめぐる新潮流に、都会人のライフスタイルのほうから光をあててみたのが本特集である。
都心のマンションに生活する人たちにとって、いつしか「農」は贅沢になった。時代は変わった。ひところ前までは、畑仕事は「田舎くさい」と恥ずかしいものだったが、親子で土いじりは今やおしゃれだ。赤坂「東京農村ビル」や京都「八百一」では、土の感じられる農作物が胸を張っている。お金を払って農作業するニーズの存在が、「シェア畑」のような新ビジネスにつながっている。松永さんが映画「人生フルーツ」に言及しているが、確かに、野菜づくりをすると、土と人の命のつながりを実感し、大げさに聞こえるかもしれないが人生が変わるような気がする。
福塚さんが、「都市+農」的ライフスタイルをデータで浮き彫りにしてくれた。これによると、安全な農産物や緑豊かな環境への志向が、空間的に「農地の近くに住む」こととは必ずしも直結していない。住宅地の傍らで営農する人たちは、周辺住民からの臭いや土埃への苦情に、相変わらず頭を抱えている。
ただ、長期的には、都市に農の空間の存在が広く受け入れられる方向にあるのは間違いない。そこでの農の活動が他者との多様なつながりを生んでいるようすが、本特集から見えてきた。地元野菜や在来種保全への関心が一般市民と農家を結んでいる。都市農地は、大学の地域貢献の場であり、いろんな国籍の人たちが土を介して交流する場としてのポテンシャルもある。寺田さんの言葉を借りれば「農のアーバニズム」である。
都市の公共空間の緑を、エディブルにすることで、誰のものでもなかった路傍がみんなの空間になる。日本都市の只中の農空間は、さながら欧州都市のいわゆる「広場」的公共空間の現れといえよう。広場が都市の要に立地しているように、佐倉さんのプロジェクトは、都市農地の立地特性を大切にしている。都市が、農地を活動の場として受容することで、大きな田舎と揶揄されてきたアジア的大都市は、一人前の「都市」になれるのかもしれないと思えてきた。

「地域開発」編集委員・東京大学教授
岡部 明子

特集にあたって
岡部 明子 「地域開発」編集委員、東京大学 教授
農のアーバニズム試論
寺田 徹 東京大学大学院新領域創成科学研究科 講師
都市農地を活かした多様な「都市+農」的ライフスタイル
福塚 祐子 三菱UFJ リサーチ&コンサルティング公共経営・地域政策部 副主任研究員
農の見える大都市東京生活
中村 克之 国分寺中村農園/株式会社ナヴィラ 代表取締役
人をつなぐ「食べられる緑の道」
江口 亜維子 千葉大学大学院園芸学研究科博士後期課程
シェア畑が描く農の未来
諸藤 貴志 潟Aグリメディア 代表取締役
「カシニワ」から「ろじまる」へ
鈴木 亮平 NPO法人urban design partners balloon 代表/株式会社ろじまる 副代表
空地の立地特性に応じた農的利用−長野市「まち畑プロジェクト」を事例に
佐倉 弘祐 信州大学工学部建築学科 助教
‘農業を感じる’都市空間の創出 京都八百一本館
荒井 康昭 鹿島建設株式会社 関西支店 建築設計部 担当部長
尼崎市における在来種保全活動と都市・農業の展開方向
中塚 雅也 神戸大学 准教授
産学官連携と都市農業の可能性〜立命館大学・京北プロジェクトなどを手掛かりに〜
嶋 正晴 立命館大学産業社会学部 教授
農とソーシャルイノベーション=日伊を比較して=
大石 尚子 龍谷大学 准教授
ひょうご地域再生大作戦と都市農業
M西 喜生 兵庫県北播磨県民局長
ライフスタイルとしての都市の農
松永 桂子 大阪市立大学 准教授
◎連載(第3回)
老いる郊外住宅地(3)〜自治体主導によるコミュニティ再生に向けた挑戦と試み〜
長瀬 光市 慶應義塾大学政策メディア研究科 特任教授
田所 寛 鞄s市計画センター
◎連載(第5回)
地方移住をめぐる現状と課題
嵩 和雄 NPOふるさと回帰支援センター副事務局長
エッセイ/ニューヨーク主夫通信 その3
飯島 克如 一般財団法人日本地域開発センター客員研究員
<書評>『 都市計画学 変化に対応するプランニング』
福島 茂 名城大学副学長・都市情報学部 教授
裏表紙 生きる−奄美市
島で生きる意味とは
麓 卑弥呼 鰍オーま 取締役 編集長

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