<地域振興の視点>
2000/04
 
■銀行が地方に移る時代
編集委員・東京大学 大西 隆

 東京都知事が話題を振りまいている。外形標準課税は自治体の課税権を盾に、かつ攻撃対象を銀行に絞ったことで共感を得ている。狭い日本の中とはいえ、税が地域ごとに全く同じである必要はない。むしろ、自治体がそれぞれの判断で課税するのは積極的な意味がある。徴税される側は、税制を見てどこに立地する(住む)べきかを考えればよい。アメリカの地方自治論に「足による投票」論がある。そもそも地方自治は、個性的で、それぞれ特色あってこそ意味がある。つまり税とサービスのメニューが各自治体で違っており、人はそれを知って、一番自分の好みに適した街に住めば(つまり足による投票によって)満足が高まる、というものだ。日本の自治体は、これまでもっぱら中央の委任によって事務を行ってきたので画一的であったのだが、分権の時代には今回の東京都のようなことは当然のことになる。大蔵省などがけちをつけるのはそもそも筋違いと皆がいう時代がすぐに来るだろう。

 東京都はまた交通問題でも、ロードプライシング制度を導入するとして本格的な検討に入ったと伝えられる。ロードプライシングは、都市の道路混雑や大気汚染を軽減するために、都市への流入車に料金を課して、結果として流入量の削減を図ろうとするものである。シンガポールやノルウエーなどの諸都市ですでに実施されているが、導入されれば日本では初めてであるし、世界でも東京ほどの大都市で実施した例はない。ロードプライシングは、交通発生量を抑制しようとする交通需要マネージメント(TDM)と総称される一連の施策のひとつであり、東京都でも路上駐車の抑制、パークアンドライド、職住近接型SOHOの奨励などの諸施策と並んで検討が進められている。

 ところで、東京都のこれらの政策を別な角度から見ると、東京都の意図とは別に、日本全体における位置が見えて興味深い。つまりこれらの政策は、過密にあえぐ東京の苦渋の選択ともいうことができるのである。東京は混雑し、大気汚染がひどい。都民が健康に暮らすには、企業立地や、流入交通をもっと減らさなければどうにもならない、という悲痛な叫びが聞こえてきそうだ。実際、東京での自動車走行速度は全国の半分以下、大気汚染の環境基準に達しない地域が広範に広がっているという状態だから、悲痛な叫びというのも大げさではない。外形標準課税に銀行が反対するのであれば、結局本社等を東京から移転し、取引量を東京外へと移せばよいことになる。足による投票とはそういうことだ。税とサービスのメニューが気に入らなければ、気に入ったメニューを持つ別な街に移ればいい。つまり、東京のような大都市を整備し、都民への種々のサービスを維持していくのには、いろいろ切りつめたとしても、相当なお金がかかるから、納税者として大きな可能性を持つ企業からの税収を上げようとする。外形標準課税は期限付きであっても、同様な企てが繰り返されない保証はない。銀行だけをねらい撃ちにするのはどうかという異論はあるが、企業の集積で大都市が形成され、行政需要も増しているのであるから、企業から税をとろうとすること自体は当然といえる。いやなら、企業が東京から出るしかない。少し表現は乱暴だが理屈は単純だ。過密の弊害が外形標準課税という形で表面化したのである。

 ロードプライシングも同様だ。東京の持つ交通施設のキャパシティを超えて需要が生じており、課金をして抑制しなければ、混雑や大気汚染が解決できないというのである。こうした問題を抱えるのは日本で東京だけというわけではなく、大阪なども同様の状況だが、東京が深刻なのは否定できない。SPMやNOxの環境基準は達成できないし、道路渋滞は日常化している。東京はこのように混雑がひどく、公害もなくならない。この状態を放っておけないので、ロードプライシングによって自動車交通量を減らそうというのである。

 われわれは、日本の過密都市に慣れてしまっているところがあって、大都市の混雑や、大気汚染、あるいは高地価による貧困な住環境などを繁栄の象徴だと錯覚してきたようだ。これからの人口減少社会では、混み合った繁栄幻想ではなく、生活の質を高め、ゆとりある生活を実現していくことを目標にした方がいい。つまり、現状は東京一極集中の弊害がなお色濃いのである。銀行をはじめとする企業がもっと全国に分散的に立地し、東京の集積が小さくなれば、特別な課税やロードプライシングまでする必要はなくなる。ビジネスのチャンス、勉学の機会、自己実現の機会を得ようとすれば、多くの人が東京に住まざるを得ないというのは、大阪や名古屋を含めた地方に魅力が乏しいからでもある。地方にも住めない、しかし東京では一般道路の走行にまで課金されるというのでは国民が浮かばれない。東京に代わって、世界的に活躍できる企業の立地場所を提供する都市が全国にいくつもできてこそ、生活の満足が高まる。だからこの機会に、生活費がかからずに暮らしやすい都市はどこなのか、わがまちは、国民に何が提供できるかをもっとアピールするべきである。外形標準課税に反対する銀行本社を誘致する気構えで地域振興を図って欲しいものだ。

 しかし、東京都のあえぎに耳を傾けていると、政策が一貫していないことにも気がつく。なぜ、東京都は首都機能移転に賛成しないのかである。首都機能移転で過密問題が直ちに解決するわけではないが、そのための有力な手段であるのは疑いない。混雑や、大気汚染がひどいなら、その主原因である自動車交通量を減らすために、東京を舞台に行われている活動の一部を移転させるのは妥当な手段だ。現実に政府が決めて動けるのは首都機能なのだから、国会決議以来の一連の首都機能移転に向けた国の動きは、東京都にとって諸手をあげて歓迎するべきものではないか。外形標準も、ロードプライシングも、首都機能移転もみな同じ効果、つまり過度の集中是正を狙った一連の政策なのである。何故首都機能移転だけ派手に反対するのか全く理解に苦しむ。首都機能移転という他人異存ではなく、自治的な政策によって問題を解決したいというのであれば分からないこともないが、課税や課金はするが、人口や機能が東京から出ていくのは嫌だというのでは政策が一貫していないことをもう少し冷静に見つめた方がよいように思う。

(おおにし・たかし)


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