<地域振興の視点>
2000/11
 
■地域情報化施策の現状と課題
編集委員・日本政策投資銀行 筧 喜八郎

1.情報化の進展
 情報化の進展は、地域社会の中で産業ばかりでなく、行政、医療、教育、地域コミュニティ等あらゆる分野で展開し、IT革命と呼ばれる国民生活全般に影響を及ぼしている。
 産業面でみると、製造業ではパソコン、携帯電話の急速な普及を背景に半導体、液晶等を生産する電気機械、非鉄金属、窯業・土石等IT関連業種の急速な伸長、CAD/CAMの普及等情報化システム導入による生産方式の大変革、ものづくりにおいて情報家電等情報機能が製品の付加価値となる製品の増大等の動きがみられる。
 また、非製造業では、情報・通信産業はわが国の基幹産業として1990年代の最大の成長産業としてわが国の経済の牽引役を果たしてきており、インターネットの普及は電商取引等新たなビジネスを興し、卸・小売、物流サービス業自体の変革を迫っている。
 一方、国民生活においても、行政では、住民サービスの情報化や、住民参加あるいは市民交流手段として情報提供サービスの充実、学校教育におけるインターネット教育の普及や双方向通信を利用した教育サービスの提供、医療における遠隔地医療システムの導入等の進展が見込まれる。
 このため、21世紀の地域振興を考えるうえで、地域自立に貢献する地域情報化への積極的取り組みが不可欠であり、競争力ある地域産業の発展を図る観点および地域住民の生活向上に資する観点から地域特性に基づき地域が主体となって情報化に取り組む必要がある。

2.情報化による地域制約の解消
 最近のIT革命の中で急成長が期待されている電商取引についてみると地域の企業にとっては、発展のチャンスである一方、競争による淘汰の危機となる二面性を有している。
 例えば、地方の小売業者が電商取引のテナントとして参画することは、当該小売業者は全国展開を果たすこととなり、ビジネスチャンスが拡がり、事業の発展を見込まれる。
 一方、消費者向け電商取引の進展は、従前の小売業は物理的移動の制約から地域企業として成立したが、今後はこうした地域制約がなくなることから、同一の効用をもつ商品や、書籍等同一製品を取り扱う地域の小売業者については、自らの存立基盤を失う惧れがある。
 ITの進展はコンビニに代表される消費者の売れ筋の把握による品揃えの追求や、消費者一人ひとりの消費特性の把握により、消費者ニーズに基づくマーケティングの展開が図られることから、従来の地域において地理的メリットによって存立していた小売業の存立を危うくさせる。IT時代の小売業は消費者需要を情報として把握し、それに基づき合理的商取引を行うことが基本となるため、地域の小売業は変革を迫られている。
 以上の例からわかるように情報化の進展は地域制約がなくなり、企業の参入が自由になることから、激しい競争がまき起こることとなる。地域制約の壁がなくなるなかで、地域の産業振興を図るためには、地域企業の技術力や販売力の強化を図ることや、地域産業集積の形成といった地域企業の競争力強化はいうまでもないが、最近の自治体の地域振興策としては、情報化を中心に産業政策を推進する動きが強くなっている。具体的には、第1はコミュニティ・エリア・ネットワークの構築により地場企業などの情報化対応力を強化すること、第2は企業誘致等を21世紀にわが国で成長が可能な半導体、液晶等IT関連製造業の集積を図ること、第3は地方でも振興することが可能な適地産業としてソフトウェア等情報通信産業の振興を図ることなどが全国各地で行われている。

3.地域情報化施策の現状
 各地の自治体が現在取り組んでいる地域情報化の促進策について整理してみると、第1には、情報リテラシーのすぐれた人材の育成、確保である。具体的には、インターネットの普及に対応して年少時からのパソコン教育はもとより、英語教育の充実が不可欠である。デジタル・テバイドと呼ばれる情報弱者を支援する仕組みや、IT化の進展に伴い、中高年齢層の再教育も重要である。地方圏では、会津工科大学や高知工科大学等県立大学が新設され、元々企業人から大学教授に転身した人が多く、情報技術の開発等実学指向が運営されている。また、多くの大学で情報系の新しい学部の創設・改組が行われている。これらの大学では情報リテラシーのすぐれた人材の育成がはぐくまれている。
 第2には、情報化産業の生産・技術開発を促進するための拠点づくりであり、情報化産業の集積により、地域の優位性を確保する動きである。半導体、液晶等電子部品産業の集中立地を図る企業誘致戦略、岐阜のソフトピアジャパンや栃木のシステムソリションとちぎ等特徴ある情報産業振興拠点の整備やソフトウェア産業を立地するための団地形成、情報系ベンチャーを育成するためのインキュベータ施設の充実等が展開されている。
 また、情報ソフト産業の集積を図る動きとしては札幌市のエレクトロニクスセンターや渋谷のビットバレー等、各地でユニークなソフト企業の集積がみられるが、中心市街地の活性化策やSOHO等都市型産業育成策としてソフト企業用オフィスを割安な賃料で提供し、情報産業の集積拠点も形成されている。
 第3には、大容量光ファイバーの敷設等情報・通信インフラの整備による情報の地域格差の解消である。地方圏では、大都市圏に較べ遅れている通信インフラを自治体が先行的に整備し、また、地域の住民の生活向上や地域おこしのために地域住民へのインターネット利用を促進させるための施設整備を自治体が実験的に取り組んでいる例もある。一方、こうしたなかで、民間ベースの地域放送事業者であるCATV事業が、通信基盤インフラであるインターネット向け通信回線の提供者として役割を果たしていることは注目される。
 第4には、通信料金の地域間の格差是正である。通話料金の価格差がなくなれば、地方圏は立地コストが安いことから、人々のUIJターン指向も強く、地方都市の居住環境が向上しているので、情報産業は十分地方圏の適地産業となりうる可能性が高い。例えば、沖縄で国の通信料金価格差是正により、コールセンター事業の立地が進んでいる。
 第5には自治体等による情報通信事業者への直接支援による育成である。具体的には、自治体の行政情報化プロジェクトを地元企業に優先発注し幼稚産業をテイクオフさせることや、東京等大都市圏の受注を確保させるための自治体が地元企業に対して、東京などで安価なオフィスサービスの提供等を行っている。
 第6には、地域住民の生活向上を図るため、自治体を中心に行政活動や地域振興策として情報化を梃子とした新たなシステムづくりが各地で取り組まれている。大都市部のITSや過疎地の情報化による地域コミュニティの活性化等はその代表例である。
 以上のように地域情報化施策の現状をみると、自治体の取り組みは情報化の進展にあわせて多岐にわたっており、地域情報化を促進するため積極的関与を行っていることがわかる。

4.地域情報化関連事業の特性
 地域情報化施策の対象となる情報化関連事業の事業特性についてみると従前自治体が関与していた社会資本の属性とは大きく異なるものがある。即ち、自治体が関与することが困難な属性を有しており、今後の地域情報化施策を遂行するにあたってはその特性をよく把握したうえで対応していく必要がある。そこで情報化関連事業の特性をみると、第1は、情報化関連事業は激しい競争の中で、技術革新の早い分野であり、ドッグサイクルといわれる程、一つの技術の運用期間が短いため、迅速な対応が要求されることである。
 第2は、情報化関連事業については、研究開発や生産において担い手となる人材の輩出が当産業の競争条件を左右することとなるため、知的インフラの整備が産業育成の鍵となる。
 第3は、企業経営組織としては大量生産に適したケイレツ型組織よりもコア・コンピタンスをもつ企業のネットワーク化により、柔軟で迅速な対応がなされやすいため、大学やベンチャー企業等による新事業の創出が産業活性化のイノベーション役を果たす。
 第4は、情報・通信インフラについては、基幹系インフラの整備は利用密度の高いところには低廉なサービス供給が可能であるが、情報密度の低いところでは価格も高く、供給も不足がちとなるように地域格差が生じやすい。
 第5は、基本ソフトやインターネット関連ビジネスでは普及が進む程、デファクトスタンダードが形成され、規模のメリットから早期に成功した勝ち組事業者の支配が起こる可能性がある。今後、行政サービス・医療・教育・交通・地域コミュニティ等に対する自治体の取り組んでいる情報化事業についてもデファクトスタンダードとなる汎用的システム構築により、安価なサービス提供が可能となる分野となる。
 第6は、情報化関連事業においては、情報の持つ付加価値が重要となり、情報コンテンツと呼ばれるソフト面の要素の差別化が重要な競争力となる。わが国では、放送・出版・ゲームソフト等の知識、アミューズメントなどを提供する情報コンテンツ発信事業において地域的偏在がみられ、付加価値のある情報コンテンツを各地域が創造できるかが今後のポイントとなる。

5.地域情報化施策の課題
 前節のような事業特性を踏まえ、自治体は今後とも地域の情報化推進施策を促進していく必要がある。確かに、従前の自治体の振興策は国の情報化施策に則り、国からの財政的支援を受けて、金太郎飴的計画のものが多かったが、最近は、地域特性に応じた地域自らの計画により、地域独自の施策を展開し、それなりの成果を挙げているものも出てきている。今後わが国は、国・地方とも財政制約が大きくなることから、自治体の総花的従来型情報化施策をとることは困難となる。また、情報化施策については、民間と自治体の役割を明確化していく必要がある。即ち、情報化関連事業は事業性格からみても技術の陳腐化が早く、民間企業の迅速な対応が適しており、民間活力を可能な限り利用することが重要となろう。自治体の役割としては、知的インフラの整備による人材の供給や情報関連産業の集積拠点整備等必要度が高く効果が見込まれるものを、集中的に支援するスキームを構築する必要がある。その際、国の支援も、英国のシングル・リジェネレーション・バジェット・プログラムのように自治体の選択したものを重点的に支援する仕組みを導入することが肝要となる。
 また、情報インフラの整備においてCATVがインターネット用通信インフラとしての役割を果たしているように、民間の社会資本整備を活用し、これを支援していく方法はトータルの社会資本整備コストの節減につながることから有用となろう。
 さらに、各自治体は地域独自の特色ある地域情報化施策の展開を図ることにより、各地の自治体が競争力および地域特性のある地域情報化産業を育成でき、それらの異なるコア・コンピタンスをもつ地域産業がネットワーク社会のなかで、広域連携により、交流・相互協力すれば新たな地域の競争力のある集積が形成されていくものと期待できる。
 一方、行政システム、交通、教育、医療分野では、自治体が情報化の先進事例として成功したものを、他の自治体に普及させていくことは重複投資を排除し、情報化による市民生活の向上の効率的な達成が可能となる。
 以上のように、地方自治体の情報化促進策については、保護育成策から21世紀の地域づくりの基本ツールとして各地域の自立化を促進すべく地域の情報化をリードしていく人材の育成、地域独自の情報コンテンツ発信機能の充実、地域特性を生かした競争力のある情報化戦略の展開等により、各地域が個性豊かな地域づくりを行うことが肝要となる。加えて、自治体がすぐれたネットワークを結ぶことによって、各地域が周辺との連携を強化し、地域全体として情報関連事業の集積が図られ、各地域が日本全国、さらには世界との直接の結びつきを図ることが期待される。

(かけい・きはちろう)


記事内容、写真等の無断転載・無断利用は、固くお断りいたします。
Copyright (c) 2003-2004 Webmaster of Japan Center for Area Development Research. All rights reserved.

2000年11月号 目次に戻る