<地域振興の視点> 2000/12■アメリカの旅で感じたこと 編集委員・東京大学 大西 隆
秋のアメリカを旅しながら、これを書いている。今回の目的は、シカゴで行われたULIの秋季大会に出席することであった。本題ではないが、ULI(Urban Land Institute)について紹介すると、アメリカを中心とした世界的な不動産・都市開発の非営利組織である。1.6万人程度のメンバーはcouncilと呼ばれる様々なテーマを持った委員会に属して活動している。2年前に日本カウンシルが設立され、筆者は議長なので、毎年年次大会のために、アメリカにやってくる。
今回は、ついでに、フロリダとミネソタにも寄った。ちょうどアメリカの東南の端から西北にまっすぐ進む旅をしたことになる。シカゴは大都市だが、フロリダやミネソタは、日本でいえば地方圏にあたる。しかし、田舎にいるという卑屈さはなく、地域に誇りを持って仕事をしている様子は印象的である。連邦国家の伝統だといってしまえばそれまでであるが、一方で、フロリダでケネディ宇宙センターなどへ行けば、宇宙開発の先頭を切る国の威信が表現され、国への誇りを感じる仕組みがこしらえられている。したがって、地域への誇りも、独立意識に支えられてというより、自立心に基づいていると言った方がよい。フロリダなども、数十年前には住み難い湿地帯だったところが、今はすっかり住宅地として開発され、毎日1,000人規模の人口流入があるというから、人々の意識は郷土意識ではなく、むしろ自分の住むコミュニティをできるだけ快適なものにしようとする意識に支えられた地域の自立といえよう。そして、この点は日本の各地域が大いに学ばなければならないとかねて感じている。国からの出向者が県庁など地域の自治組織に幹部として出向き、交付税、補助金など国から流れる金の仲介者や、法律を解釈した通達の伝達者を演じて君臨するのを許しているのはいかにも体質が民主的でない。地方のオフィス街には、東京に本店を置く企業の支店が並び、いつの間にか国が上位、したがって、首都東京が上位で、地方はその下位にあるという序列意識を公務員やその他の世界に持ち込んだ。だから、地方の自立という言葉は、日本ではかなり重みのある課題である。県や市町村の枢要なポストへの国からの出向者が皆無になり、自治体が自立することがその第一歩である。そうなると、自治体は中央官庁という国を見て仕事をするのではなく、地域自体を見るようになる。当然、重要になるのは、地域の発展に貢献する活動への実質的な支援である。
フロリダで訪ねた組織の一つに、オーランド地域のEDC(経済開発委員会)があった。郡や市の代表と産業界からなる組織で、地域への投資奨励、立地斡旋等を通じて地域での雇用を拡大しようというのである。経済振興は、官民の協力なしには進まないので、各地でこうした官民連携による非営利の地域振興組織が活動する。そして官民の協力がより地域に密着して展開されるのが、BID(Business Improvement Districts)である。全米各地に展開する中心市街地活性化の組織で、活動の中心には地域に立地する企業がいるが、制度は州政府が整え、市が設立の世話を焼く。
BIDは日本の中心市街地活性化に登場するTMO制度を作る時に参考にした組織であるといわれるが、似て非なるものがある。重要な違いは、活動を支える資金の調達方法である。自立的であるためには、受益者が負担する仕組みの存在が不可欠であるのだが、BIDでは、活動の直接の受益者である地域の土地所有者が、活動に要する費用の負担者となる。通常は敷地面積や延べ床面積を単位に、定められた地域の土地所有者に課金する。官の役割は、BIDに地域を定めたり、土地所有者に一斉に課金する権限を付与することである。課金はそう大きな額ではなく、全米各地のBIDの年間予算は概ね数億円といったところである。ビルを建てたり、道路を整備するには足りず、かといって日本の多くのTMOのように、ただ会議を開いたり調査をしたりするには多過ぎるこの額で何をしているかといえば、アメリカの中心市街地にとって最も重要な活動を行っている。つまり、地域の安全性向上のために警備員を雇い地域を巡回したり、清掃員を雇い清掃を行う。
あるいは目立つ服装をした案内人に街を歩かせて旅行者などに道案内をさせる。これらが基本的な活動で、全米に1,000あるといわれるBIDの多くが行っている。もちろんこれらの活動は本来警察や市の清掃局などが行うものである。BIDはこれらに対抗しているわけではなく、両者は補完関係にある。つまり、通常BIDの警備員は武器を持たず、屋外空間を担当して見回り、喧嘩の仲裁、酔っぱらいの保護にあたる。手に負えない場合には、携帯無線で警察に通報する。中にはBIDの警備事務所と警察署が同じ建物に並んでいるといったケースもあり、両者の共存振りは明らかである。清掃も、市による基本サービスに付加して、BIDのサービスが行われ、街はそれまでよりきれいになるというわけだ。
BIDによってはこれらの基本的な活動に加えて、ビルのテナント募集を行ったり、自ら不動産経営にあたって地域活性化を実践する。また、景観に関するガイドラインを設けて、改築や新築の建物を周囲の景観に調和したデザインにするようしたり、ベンチや新聞スタンド等のストリートファニチャーを自ら設置したりもする。
こうした、主に警備や清掃のための人件費を支出し、雇用を創出しながら、BIDは、中心市街地を安全で、賑やかな空間へと復活させた。その効果はてき面で、好景気なことも手伝って、アメリカの都市は旅行者も歩けるようになった。
もちろん日本では安全確保が中心市街地活性化の主要課題ではない。空き店舗対策、駐車場対策、自転車道や駐輪場対策がむしろ重要である。迂遠なようだが中心部の居住人口を増やし、気軽に中心市街地を利用してもらうようにすることも対策の一つである。このような対策は、個々の店舗にとっては、自分だけで賄うこととは思えないかも知れないが、一定の地域を単位とすれば、地域がちょうど受益者になるような事業である。つまり、受益者である地域を適切に定めれば、これらの事業を、自分たちの負担と責任で行うことは理にかなう。いざとなったらそうするが、今はまだ国の補助金があるとか、国の指導があるとかいわずに、負担感が増しても、自分たちの資金と責任で地域を興すきっかけを早くつかむことが将来を拓く。
(おおにし・たかし)
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