<地域振興の視点>
2001/05
 
■市町村の数
編集委員・東京大学 大西  隆

 5月1日に浦和市、大宮市、与野市が合併して、さいたま市が誕生した。人口102万人の大都市の出現である。東京圏ではこれまで埼玉県だけに政令指定都市がなかった。埼玉県は東京から見ると入り口がいくつもあるので、都市が拡散的に形成されてきた。その結果、中心市のまとまりという点では神奈川や千葉に劣る形となっており、合併による100万都市の成立は、直ちに政令指定都市の発足というわけにはいかなかったが、埼玉県をはじめとする各方面の強い願いを背景としたものといえよう。同時に、政府の市町村合併推進政策に弾みをつけるという期待もかけられていたと見ることができる。

 新さいたま市の面積はおよそ200平方キロで、政令指定都市と比べると川崎市に次いで小さい。人口が百万人前後の政令指定都市でも、仙台市や広島市のように700平方キロを超えるような広い市域を持った市もあるから、きめ細かなサービスができそうな条件を持った、まとまりのいい市ができたと言えそうである。

 ところで、筆者は、総務省(旧自治省)などが中心となって、法律の改正(平成11年の合併特例法改正)、市町村合併の促進についての指針(平成11年)、さらに指針に基づく都道府県による合併推進要綱作成(合併パターン提示)というように進められている市町村合併にはいささかの異論を持っている。

 まず数の問題ではないという点を強調したい。総人口が1億2千万人の日本には基礎自治体の数がこれくらいが適当であるというような目安を設定することはそう簡単ではなく、むしろ数を目標化することによる弊害の方が大きそうだ。例えば、アメリカには、約2万の市があるし、特別区などを含めた地方政府の数は8.7万に達する。アメリカの人口が2.7億人と日本の2倍以上であることを考慮しても、桁違いに数が多い。フランスでは、人口は日本の半分なのにコミューンと呼ばれる基礎自治体は3.5万を越える。

 もちろん、アメリカにせよ、フランスにせよ、これだけの数の地方政府には、ニューヨークやパリのような大都市から、全員が顔見知りの小村まで格差は大きいから、すべてが財政的、行政的に自立的というわけではないだろう。そこで、議員が行政に深く関与する制度、広域行政や委託行政を組み合わせた制度など、小規模でも住民のニーズに応えていく工夫が様々に施され、その結果、制度は簡単には理解できないほど複雑になっている。それに比べれば、日本のように2層の地方自治体があり、それぞれが公選の首長と議会を持つという仕組みは実にわかりやすい。そこで疑問が湧く。米仏などでは、なぜそうまでして自治体を守ろうとするのか?

 それぞれの歴史的経緯があるようだ。アメリカでは、元々建国の単位であった州からの権限委譲によって生まれた自治体には、個々に自治を確立したという意識が強いので、合併はそう簡単でないという。したがって、郡、市、町区または町という普通自治体(多目的の政府)の数はここ50年間で大きな変化はない。フランスでも、州の創出や広域行政の策組などは新たに起こっても、コミューンの数に大きな変化はないようだ。自分たちが作り上げたという自治意識や、伝統を重視する気風に加えて、長年親しんできた自治の習慣への愛着が制度へのこだわりを生んでいるのであろう。

 しかし、自治体は、当然ながら行財政能力や効率的な運営、生活・経済の広域化への対応などを強めていかなければならないから、各国で様々な工夫が行われてきた。それらを大別すれば、@広域協力による共同化、A特定目的の政府によるサービス提供(アメリカのSpecial Districtsなど)、B民間や第3セクターなどへの委託によるサービスの外部化などである。こうした方法の利点は、自治体が提供するべき公共サービスをそれぞれ適切な形態、規模で提供するように提供方法を選択できることである。とくに、広域協力の組み合わせ、第3セクターの営業範囲などは自由度が高いといえよう。これに対して、完全な自治体でないと(日本では公選の首長と議員の存在を意味しようが)、意思決定が無責任になったり、時間がかかったりするから、広域自治体の形成(合併)が望ましいという主張もある。結局、現在の自治組織の伝統やきめの細かさをどの程度重視するのか、一方合併による効率化や能率アップをどの程度重視するのかという比較較量に帰着する。もちろん、広域協力や外部組織の活用に当たって、自治的意思決定を十分に踏まえるための工夫の余地が十分にあることも指摘したい。

 このように考えていくと市町村合併は、圧力をかけて強引に進めるよりも、他の手段を含めてそれぞれの市町村の選択に委ねながら進めるのが適当であると思う。日本では、明治21年に7万あった町村が、同22年の市制施行で1.5万になり、さらに第2次大戦までに1万になったものが、町村合併促進法によって昭和30年代には、ほぼ現在の数になった。ここ10年間ではひたちなか市、あきる野市、篠山市、西東京市、さいたま市が新設されたほか、いくつかの編入があったものの、市町村数で15程減ったに留まった。合併予備軍とも言える合併協議会が設置されているのは、現在22カ所で、78市町村が参加している。その全部が合併に成功しても、50の自治体が減るに過ぎない。

 こうした現状を見れば、地方税赤字の累積、地方交付税制度の破綻状態など、地方分権化の一方で深刻化する地方財政制度の危機に対処するのは、現実性から見ても、自治体の数を減らすことではなさそうだ。むしろじっくりと腰を落ち着けて、行政権限の地方分権化に見合った地方財政制度の改善を中心とした第二段の分権改革に取り組むべきである。その際、とくに重視するべき点は次の2点であろう。第一に、地方交付税制度の改善維持である。地方財源を大幅に拡充しても、税源と財政需要の地域的なアンバランスは避けられないから、地方交付税による調整は必要となる。しかし、現行の基準財政需要額と収入額の算定のような複雑な方式は廃止して、簡便な方法で、再配分し、自治体の支出には自主性を持たせるべきである。

 第2に広域協力の発展である。事務組合、広域市町村圏、広域連合、広域生活圏、定住圏などこれまでも様々な経験を積んできたのであるから、その経験を生かして多様な組み合わせで、事業ごとの最適な自治体の組み合わせを追求するべきである。

(おおにし・たかし)


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