<地域振興の視点>
2001/06
 
■Dot‐Coms、80%消滅
編集委員・日本経済新聞社 矢作  弘

 ちょっとショッキングな調査報告書の紹介から話をはじめる。

 サンフランシスコは、90年代後半、いささか狂乱気味だった米国のニューエコノミーの恩恵をうけた代表的なブーミングタウンのひとつだった。特に、ダウンタウンにあるマーケット通りの南側(サウス・オブ・マーケット)、かつては観光客が足を踏み入れるのもおっかない地区だったが、その界隈の「マルチメディアガルチ」と呼ばれるエリアには起業型のニューメディア企業が急速に集積し、Dot‐Coms企業の集積地区としては、ニューヨークのシリコンアレーとならび、東西の両横綱級にランク付けされるほどの急成長を達成した。日本でもその繁栄ぶりを紹介する研究や、マスメディアの報道が続いた。

 そのサンフランシスコにあるDot‐Coms企業の80%が、今年から来年にかけて破産するなどして姿を消すというのだ。不動産調査のクッシュマン&ウエイクフィールドとロゼン・コンサルティング・グループが、株式が公開取り引きされているインターネット関連企業150社の財務データをサンプル調査し、それを基に予測している。びっくりさせられるほど高い廃業予測である。山が高ければ谷もそれだけ深くなるということだろうか。昨年年初にサンフランシスコ湾岸エリアで15万人がDot‐Coms企業で働いていたが、それ以来、既に2万2,000人が雇用調整の影響を受け、職を失っているという。

 IT(情報技術)産業の雄、モトローラが全従業員の15%を超える2万2,500人をレイオフするのを筆頭に、ルーセント・テクノロジーの1万6,000人、シスコシステムの8,000人、インテル、コンパックコンピューターの5,000人など、年初来、米国では雇用調整のあらしが吹きはじめている。そうしたご時勢に、バブル気味だった零細ベンチャーのDot‐Coms企業がバタバタ将棋倒しになるのは経済原則が貫徹しているからに過ぎないのだが、それにしても動転驚地、あまりにも短時間の、過激なアップ・ダウンにおどろかされる。

 サンフランシスコの場合、オフィススペース全体のおよそ12%がDot‐Coms企業に賃貸されているが、既にレント(賃貸料)の低下、空き室率の上昇が起きている。2002年には空き室率が20%に達する心配があるという。「空き室率がほぼゼロ水準だった〓オンリー・イエスタデー〓が、ウソのよう」
 サンフランシスコはニューメディアブームの先陣をきって走ってきた。そのため、たまたまこけるのも最初になったのだが、サンフランシスコとトップ争いをしているニューヨークでもはっきりと同じ傾向がでてきている。ローゼン・コンサルティング・グループは、アメリカ各地に形成されているDot‐Coms企業の集積エリアでも、サンフランシスコ、ニューヨークに追随するようにDot‐Coms企業の清算が進むと予測している。

 サンフランシスコの、まるでジェットコースターのような激しいアップ・ダウンの話を聞いて、はたして日本の場合はどうなるのだろうかと考えた。東京・渋谷のビットバレーの形成などが注目され、シリコンアレーやマルチメディアガルチなどと比較しながら成立要件の共通性などが議論されてきた。コンビニエンスストアや手ごろな価格で食べられる深夜営業の飲食店の存在など24時間都市の優位性や、安いレントで賃借できるオフィスビル群があることなどが指摘された。

 米国の場合、グローバルマネーがナスダック市場に怒とうのごとく奔流し、ハイテク株をはやし立て、ベンチャー系ニューメディアの間で一攫千金のアメリカンドリームを追い求めて株式公開ブームが起きた。利益も出ていないし、ビジネスモデルとしても基盤が確立していないようなニューメディア企業が競って株式公開した。まるで17世紀のチューリップバブルを連想させられるような状況になっていたところを昨年春以来の株価暴落の直撃を受け、マイナスの波及効果をふくめてその影響がマルチメディアガルチなどに表出しはじめている。それが現況ではないだろうか。

 もちろん日本でもジャパンドリームを夢見、若きインターネット・ベンチャーが多く生まれたが、幸か不幸か日本は米国ほどには資本市場が成熟していないし、従って株式ブームに踊らされるニューメディア系ベンチャーも米国に比べて相対的に少なかった。その意味ではビットバレーやサッポロバレーなどIT企業の集積がある程度実現したエリアから、まだクラスター形成の揺籃期にある地域まで含めて、米国が経験している激しい浮き沈みの波動は起きないのではないだろうかと思う。米国を代表するニューメディア・クラスターほどには、日本ではニューメディア系ベンチャー集積が高見に達してはいない、ということもある。もちろん、ある程度のリストラクチャリングが起きることはある。

 この10年弱、経済地理学や都市経済学の分野では、「情報と集積」を巡って活発な議論があった。その議論を通じて「情報技術に関するパラドックス説」は、ほぼ共通の認識になってきたように思える。情報技術の進展は、「距離の超越(Death of Distance)」を引き起こすよりはむしろ、ヒトや企業活動を逆に都市に集中・集積させるベクトルとして働くという考え方だ。特に、「暗黙」知に関する情報交換では、フェース・ツー・フェースのコミュニケーション依存は今後も避けられない。ITトレンドがP2P(仲間同士)を強めても、その本質は変わらないだろう。

 情報を交換し、共有し、蓄積/加工するネットワークが社会資本になっていく時代には、そうした関連産業の都市への集積は今後も続くに違いない。サンフランシスコのマルチメディアガルチ、ニューヨークのシリコンアレーでいまはじまっているリストラクチャリングの動きはあくまでもバブルの清算であって、この揺り戻しの結果としてなにが残ってなにがはじまるのか、それをしっかり観察したいという気持ちがある。

(やはぎ・ひろし)


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