最近、茨城県の郊外を舞台にした映画『下妻物語』(2004)をDVDで見たら、あのジャスコが実名で出てきていた。巨大店舗を背に下妻の人々が「ジャスコはいいものが何でも安く揃う」と喜ぶシーンが、だだっ広い茨城の田園風景がひたすら続く映画の中で独特のインパクトを放っている。面白いのはこの映画に関するブログやウェブ掲示板で、せいぜい数分のシーンについての書き込みが結構多い。しかも「若いころはジャスコに毎日たむろしてたよ、なつかしい」「田園にそそり立つジャスコのシーンに親近感がわいた」など、評価もおおむね好意的なのだ。都市や田園に対する人々の感性は、空間自体の変化とともに、都市計画家や都市デザイナーがとても追いつけないスピードで大きく変わりつつあるのかもしれない。そんなことを専門的な見地から考えさせるのが本書である。「従来の欧州型都市のイメージ、中心市街地をコアとして市街地に広がるコンパクトな都市と、周辺に広がる田園地域、これはいまや過去のものである。」第一章からこんな書き出しで始まる本書の内容は、中心市街地の活性化に取り組む人々には、いささかショッキングな内容だろう。
日本ではこれまで、中心市街地を保全する側の論理にヨーロッパの都市が持ち出されてきた。実際ヨーロッパのどの国に行っても、既存市街地と農地・森林が見事なまでに区切られていることに驚かされる。中小都市の中心市街地に異常なほどに人が多いことに目を丸くする。
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しかしそんな場所にいながら、第一線のドイツ人建築家・都市計画家である著者が、「昔ながらの都市の神話に魅せられすぎているために、外縁部で起きている現実の姿が見えずにいる」(p.26)と言い切り、「伝統的な小売業を保護する試みは、・・・明らかに実現不可能な試みである」(p.199)として、そうした試みを「すでに力尽きた都市の伝統の擁護に止まっている、諦めの立場に立つ・・・都市計画」(p.201)とまで断言するのである。
そして伝統的な中心市街地に代わる、新たな市街地空間のイメージとして出てくるのが「間にある都市」である。都市と田園の間にある、特徴がなく名前の付けようもない、しかし先進国市民の大半が暮らす生活空間である「間にある都市」。著者はその正体を、時に先代の建築家の思想や豊富な事例を交え、時に定量分析の結果も踏まえながら解き明かしていく。本書が数に限りのあるドイツ語の専門書の訳本に含まれていることを、時に議論が偏りがちな日本の専門家たちは幸運に思うべきだろう。監訳者の先見の明が伺える。 さて、日本人にとって「間にある都市」のイメージとは、どんなものだろう?本書で「間にある都市」のイメージとして紹介されるエムシャーパークのような工場跡のデザインはどうだろう?あるいは、やはりジャスコは含まれているのだろうか?
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