2007/10

 
地域経済活性化の新手法「エコノミックガーデニング」

国際教養大学国際教養学部准教授 山本 尚史(やまもとたかし)


 日本では地域レベルの経済活性化と経済格差縮小に関心が集まっているが、米国でも農業地域や過疎地域における経済活性化が焦眉の急である。5月31日から6月2日にかけてジョージア州ヴァルドスタ市で「エコノミックガーデニング・コンファレンス」が開催された。はじめに、ジョージア州知事がビデオによりメッセージを伝えたほか、ヴァルドスタ市長、ジョージア州経済局長官、ヴァルドスタ市商工会議所幹部などが歓迎の挨拶を述べた。このコンファレンスにはエコノミックガーデニングを最初に実践したコロラド州リトルトン市のクリスチャン・ギボンズ商工局長をはじめ、地域経済開発コンサルタントとして有名なテリー・オキーフ氏、エリック・ペイジス氏、スティーブ・クエーリョ氏などの「エコノミックガーデナー(庭師)」たちが全米各地から参加した。コンファレンスでは、エコノミックガーデニングの方法論、地域経済活性化活動の実例、経済開発のためのアドバイスなどが紹介された。
photo

・米国各地から集まった「エコノミックガーデナー」たち

 「エコノミックガーデニング」とは、米国で注目を集めている地域経済活性化政策であるが、日本ではほとんど知られていない(注)。「ガーデニング」という言葉が示すとおり、たくさんのきれいな花が咲く西洋庭園を造るように、手間暇をかけて、地元の産業を成長させる手法である。具体的には、地域の実情に即して、地元での起業を促進し中小企業を発展させることによる地域経済の活性化を意図している。『米国中小企業白書』2006年版ではエコノミックガーデニングについて1章を割り当てて解説している。さらにブッシュ大統領の主宰により本年6月に開催された全米規模の会議「The Americas Competitive Forum」においてもエコノミックガーデニングについて招待講演がなされた。
 ジョージア州ヴァルドスタ市が今年の「エコノミックガーデニング・コンファレンス」の開催地に選ばれた理由には、同市が起業の促進による経済活性化を実践していることが挙げられる。ヴァルドスタ市では、製造業の伸び悩みなど、経済の低迷に悩まされて、1990年代には1人当たり所得が全米平均の7割ほどであった。ジョージア州が2000年から起業を重視する政策を導入したことを受け、ヴァルドスタ市は、商工会議所と共同してSEEDSセンターを設立して、起業による経済発展を図った。このセンターは、起業や事業拡大を図る経営者に対して無料で情報提供やコンサルティングサービスを提供している。情報サービスには、マーケットリサーチや、ヴァルドスタ州立大学との協力によるビジネスプランの精緻化なども含まれている。この結果、ヴァルドスタ市は、現在、ジョージア州の中で「最も起業家にやさしいコミュニティ」という定評を受けている。
 米国でエコノミックガーデニングが注目されている背景には、企業誘致による雇用促進のコストへの懸念がある。これまで地域経済活性化の方法としては大企業を誘致して雇用と所得税収入の拡大を図ることが一般的であった。しかし、企業を誘致するためには、法人税の優遇措置、用地の整備、補助金の提供、など受け入れる自治体に負担がかかる。企業側では、従業員の生活環境が良い地域やさらに有利な条件を提示する地域に進出するので、誘致する自治体間の競争は激しい。さらに、企業誘致により地元の企業が廃業したり売り上げが減少したりするなどの隠れたコストが発生する場合もある。地域経済活性化のためには企業誘致による雇用促進は有望であるものの、企業誘致がもたらすベネフィットがそのコストよりも小さいならば、企業誘致による経済開発は地元自治体の負担を増加させる結果となる。こうした認識から、企業誘致アプローチを補完し、状況においては代替するアプローチとして起業促進と地元企業の育成に焦点を当てるエコノミックガーデニングに期待が寄せられている。
 エコノミックガーデニングの手法には、 1)地方自治体と地元産業界との積極的な情報交換、2)起業の支援、3)産学連携の促進、が含まれている。これらの手法では、地元企業の成長を妨げている障害を取り除くだけでなく、起業に適した環境を整備し、経済界・行政・教育界・市民が一体となって、成長の可能性がある産業や成長戦略を見いだして、地元企業の競争力を強化するものである。米国の例では、エコノミックガーデニングの要素として、情報の整備とインフラの整備が重要であると指摘されている。ある地域では、地元企業の市場を把握するために詳細なデーターベースを作成して、郵便番号レベルの区分で平均収入、固定資産価値、年齢層別人口、企業立地予定地、特定の産業の将来性についての情報を経済界に提供している。こうしたデーターベースは、刊行物、商用データーベース、行政が持つ統計情報、企業側から提供される情報、独自の調査研究、などを基にしている。また、インフラ整備については、産業振興に必要な物理的なインフラだけでなく、生活の質を高めるインフラ(都市部ならば歩道の整備など)や、知的インフラ(各地での成功事例を紹介したり、新しい技術の導入を助けたりするなど) の重要性も指摘されている。
 これまでに述べたエコノミックガーデニング手法のうち、一部はすでに日本で導入されている。例えば、さっぽろ産業振興財団札幌中小企業支援センターによる商圏分析システム「出店くん」
(http://chusho.center.sec.or.jp/F-1-1-1.htm)では、飲食業、医療機関を中心とした約12万件の業種データから対象とする業種の分布状況を地図上に表示することができる。また、任意の調査希望地点を中心として指定範囲内に該当する小地域ごとの人口などの統計表を作成することもできる。これらの情報により、顧客となる人口の分布状況や競合店の分布状況が明確にわかる。このサービスは、無料で提供されており、月間約50件の利用実績があるという。
 経済の地域格差を是正し地域経済を活性化させる戦略のひとつとして、日本でも本格的にエコノミックガーデニングの手法を採用することを検討すべきであろう。

(注)本年8月、本稿を執筆中に、日本語で“エコノミックガーデニング”をキーワードとしてGoogleにより検索したところ、一致するウェブページには1件もヒットしなかった。 一方、同じ日に英語で“economic gardening”を1つのフレーズとしてGoogleにより検索したところ、5万件以上がヒットした。

(地域開発 2007.10 )

記事内容、写真等の無断転載・無断利用は、固くお断りいたします。
Copyright (c) Webmaster of Japan Center for Area Development Research. All rights reserved.

2007年10月号 目次へ戻る