●男は身勝手に生きる
本書は、読む者にこのカップルのように生きてみたいとあこがれと元気をうながしてくれる希望の書である。津端修一さんは、かつての日本住宅公団の団地の名作の数々の設計者である。本書を手にすると、彼はヨットマンとして生涯を楽しみ続けてこられたが故に、風を肌で感じつつ舵取りをするように、地域の風(自然、文化)を感受し有機的で個性的な空間作りの妙技を披露されたことがうかがえる。結婚式は12月にヨット船上でという“男の身勝手50年”の始まり。子どもたちが小学生になると、10年間は家族ぐるみのヨット・ライフによって“つばたファミリーの信頼”がつくりあげられていった。ヨット体験を一定年数重ねたが故に、親も子も「愛するとは、いっしょに同じ方向を見ることです」(サンテグジュペリ)をごく自然に感じられる状況が育くまれた。“男は身勝手に生きる”がよいことの面目躍如の一面があらわれている。
●女は生活感の音ずれに敏感に生きる
男の身勝手50年を見続けた英子さんは、子ども時代愛知県半田市の造り酒屋で育ち、厳しい躾けを受けつつ、蔵の職人さん・お手伝いさん<皆お友だち>というヒューマニズム教育をうけた。蔵の衆とワタリガニを採りに出かけ共に食べる等の生きた環境体験や、「すべての暮らしは、台所から」の生活哲学が育くまれた子ども時代の経験が、英子さん独特の生活感の音ずれあふれる暮らしづくりを生みだした。修一さんが設計した高蔵寺ニュータウンの雑木林につつまれた自宅の敷地内に、1年間に120種類の野菜・果物のお世話を楽しんでおられるご夫婦。パンも味噌もお茶も自家製。岡崎の赤い八丁味噌や京都の白い本田味噌などによる違った風味の工夫。「楽しみを与え、生命を与えるのは細部です」(ジョルジュ・ブラック)といわれるように、ここには部分(パーツ)間の相互作用の中に豊かに生きるマインドの働きが内在していることがわかる。
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●人間にひそむ潜在可能性
生活感がない都市空間が広がっている現代にあって、本書は身近な環境の生命あるものと向きあい、育くみ合い、伝えあう関係を心の資源にするまなざしの手ざわりを実感するとともに、おふたりはその意味することを沢山のエピグラフ(引用銘句)によって、読者の意識を方向づけておられる。「人間の偉大さとは、つねに、人間が自分の生を再創造することである」(シモーヌ・ヴェイユ)「年を重ねただけで人は老いない/理想を失うとき初めて老いる」(サミュエル・ウルマン)等には、あらゆる人間の内にひそむ最上の潜在可能性を解き放つ生き方へのセンスに気づかされる。ここには、真に豊かな生き方へき・趣き・方向・感覚・意味を深々と呼吸できる生命の泉のような場所がある。若者から高齢者に至るまであらゆる世代必読の書である。 |