2007/12

 
最後尾からトップランナーへ――全国若手ものづくりシンポジウムin ごうつ”からの出発

江の川が日本海に注ぐ江津
■江の川が日本海に注ぐ江津(江津パンフレットより)
 JRで東京から一番遠いまち、江津。ニッポンの最後尾と言われる島根県、その県内でも最後尾という江津。人口が県内の市で一番少なく、少子化が進む過疎地、江津。「財政的に火の車ならまだしも、燃えるものも燃え尽きて、灰だけ残っているという状況」と市長自ら認める江津。ここまで揃うと怖いものは何もない。後は前進するのみである。
 今年1月に東京で開かれたある会合で島根県庁の方から、江津工業高校のOB、勝田友治氏を紹介された。「さびれていく江津の地域資源をいろいろ考えると、わが母校江津工業高校しかない。山形県の長井工業高校を倣って同窓会(江工会)(ごうこうかい)が結束しつつある。江津を『地域開発』で紹介してもらえないか。それに、石見神楽をぜひ見てほしい」というお話であった。がんばる地域は応援しなければ、とお引き受けしたが、正直これといった材料がないように思えた。
 そこに「全国若手ものづくりシンポジウムinごうつ」が10月18日に開催されるという案内をいただいた。このシンポジウムはものづくりの中小企業が集積する地域が連携し、後継者となる若者を交流させ、地域を活性化させようというものである。第1回目が新潟県柏崎市で開催された。第2回は山形県長井市、そして今回が3回目であった。
 訪れた江津は出雲市駅から山陰本線を西へ特急で約1時間のところにある。日本海を臨み、江の川の水と緑豊かな自然に恵まれ、人の温かさが感じられる美しい石見の国であった。
  田中増次市長の挨拶で始まったシンポジウムは、北海道から岡山まで約300人が参加する大盛況となった。第1部は関満博一橋大学教授の講演と、このシンポジウムの江津開催の火付け役となった横田学氏(江津市定住推進協議会産業振興部会長)による江津市産業振興ビジョンの紹介、第2部は江工会が目標にする長井工業高校の先生や、人材育成に力を貸す企業などからパネリストを迎えてのパネルディスカッションであった。
(第2部プログラムより、敬称略)
パネルディスカッション
テーマI 「産業校と中小企業の連携による人材育成」
コーディネーター 横田 学
コメンテーター 関 満博
パネリスト 山科 尚史 (山形県立長井工業高等学校機械システム科科長) 
吉田  功(株式会社吉田製作所代表取締役)
 
テーマII 「都市との共生による企業連携」
コーディネーター 釜瀬 隆司(江津市建設経済部農林商工課課長)
コメンテーター 福間  敏(島根県商工労働部企業立地課参与)
パネリスト   池田  晃(池田精工株式会社代表取締役)
三澤  誠(有限会社エヌ・イー・ワークス取締役社長)
尾野 寛明(有限会社エコカレッジ代表取締役)

江津工業高校
■江津工業高校(江津パンフレットより)
石州瓦の家並み
■石州瓦の家並み(江津パンフレットより)
 若者に「希望」を与えようとする長井工業高校の取り組みと、企業の人材育成の紹介は、会場の参加者に深い感銘を与えるものであった。満員の会場がだんだん熱を帯びていった。主催する地元の人びとの心が一つになり、各地からの参加者も江津への感心を深めていったように見えた。最後尾とされる江津に新たなうねりが生じ始めたのであろう。灰となった江津に、心を燃やす人びとが結集し始めたのである。
 その江津が追いつけ追い越せと目指す長井工業高校は、統廃合で学校がなくなるという危機感から大きく変わっていった。市役所、学校、PTA、同窓会等、地域の人びとが連携して反対運動を繰り広げ、統廃合を撤回させ、新校舎の建設まで勝ち取っていった。その後、地元の町工場から技能五輪の選手を出そうとの動きにまで高まっていく。高校生に技能検定を取らせようと目標を立て、企業は実習の場や機材を提供していったのであった。
 平成10年に初めて技能検定の3級に合格者を出してからは、毎年合格者を出し、18年度には3級35名、2級7名で合格率100%という、いまや日本のトップを行く工業高校にまでなっている。
 本誌2007年2月号で、在校生があやめ公園駅の駅舎を作ったことを紹介しているが、今は地元の農家から、カルガモの代わりのロボットの開発など様々な課題が持ち込まれ、それに応える製品開発なども行っている。
  当然のことながら、ここまで来るためには町をあげてのたいへんな努力の積み重ねを必要とした。江津はようやくスタートラインへ向おうというところである。今後、いろいろな障害に直面することもあろうが、その時には、このシンポジウムを思い出し、初心に帰られることを願う。そのためには、工業高校の生徒の目標となるものを設け、江工会や、地元の企業、市や県、商工会議所などとの連携と支援が不可欠であろう。  江津の産業としては石州瓦が有名である。久しぶりに瓦屋根が並ぶ美しい景色を見た。しかし、地震の際には瓦の重さが被害を大きくするというイメージが強くなっている。また都会では家の建て方そのものが変化し、屋根瓦のある家は著しく減っている。なかなか厳しい業界である。驚いたのは瓦の値段は1枚100円という。美しい色合いの瓦、屋根瓦以外にもその伝統の技を活かしてなにか現代にマッチしたものはできないのだろうか。そのためには、思い切った発想の転換が必要なのであろう。
有福温泉「御前湯」の入口 ゆったりした2階の休憩所
■有福温泉「御前湯」の入口 ■ゆったりした2階の休憩所
入浴料は大人(中学生以上)300円、小人(小学生)100円、家族湯(60分)1,000円、
営業時間:午前7時00分〜午後9時30分

嘉久志町(かくしちょう)岩根神社の夜神楽
■嘉久志町(かくしちょう)岩根神社の夜神楽

 案内してくれた勝田さんによると、工業高校以外に地域資源が見つからないということであったが、有福温泉を訪れると、ここは何かできるのではないか、と思わせるものがあった。そのまま映画のワンシーンになりそうな道具立てが広がっていた。細い石の階段、狭い通り、レトロ調の温泉……。昔、ここをにぎやかに人びとが行き交い、そのざわめきが目に耳に浮かぶようであった。古いまち並みを壊さずに家の中を今様にしたらどうだろうか。何かできそうな、何か湧き上がるものがあった。
 温泉宿など町に若い後継者はいないのか、いるのなら彼らがチャンスを作る鍵かもしれないと市の方にそう申し上げたところ、すでに、そうした動きが出始めているという。
 考えてみると、江戸時代までは日本は京都を中心として西の方に高い文化があり、北前船によって日本海側が盛んであった。北前船の寄港地であった江津には、棚卸してみれば、地域資源となるべきものもあるはずである。都会の人間には地元の人には当たり前すぎるものが喜ばれたりする。そこにあるものをどう活かすか、地域の知恵を絞ってほしい。
 シンポジウムの夜は、地元の秋祭りであった。交流会から流れて夜神楽を観にいくと、23時を回っているのに、境内は赤ちゃんからお年寄りまで出てにぎわっていた。見物人も神楽を舞う同じ舞台の上にも陣取って、豪壮な舞いと一つになっている。そのなんともいえない一体感と力強さに圧倒された。読者の皆さんもぜひ一度行ってご覧になっていただきたい。
深夜にもかかわらず子どももおとなも熱心に見入っていた
image
■深夜にもかかわらず子どももおとなも熱心に見入っていた

 社中は町々にあると言われるほどで、江津で18社*くらいあるという。子どもたちはこの神楽を見て育つことから、自分も神楽をやりたいと思う。実際に大人の演じる神楽を子どもだけでやる子神楽もあるようだ。夜神楽は朝の5時まで続く。最後は「大蛇(おろち)」と聞いた。大蛇が火を噴くそうであるが、残念ながらそこまで見ることはできなかった。ちなみに、子どもたちは翌日の学校は休みだが、大人は眠気を払いながら仕事に行くことになる。地域にしっかり根を生やしている伝統芸能が自然に子どもたちに伝承されていた。
 神楽のときの町の人の一体感があるのだから、江津はがんばれる。緒に着いたばかりの江津のこれからの動きについては別の機会に紹介したいと思う。

*江津市石見神楽連絡協議会に加入する社中は10社。石見地方では170社くらいあるといわれる。
(編集部・吉成雅子)

記事内容、写真等の無断転載・無断利用は、固くお断りいたします。
Copyright (c) 2003-2004 Webmaster of Japan Center for Area Development Research. All rights reserved.

2007年12月号 目次へ戻る