松本克夫 著

2008/10

 
『風の記憶――自治の原点を求めて』

ぎょうせい(定価2,900円、2008.5)


 本書は、02年9月から07年10月まで月刊誌『ガバナンス』での著者の連載を再編集したものである。グローバル化や新自由主義的な世界動向、また、小泉政権の誕生や堀江貴文前ライブドア社長の事件、少年による凶悪犯罪など当時の日本社会を象徴する事件への問題意識を踏まえ、これらの潮流とは異なった路を歩んでいる「最先端」のまちづくりの事例を訪ね、著者の理想とする「自治」の視点から、今後の地域のあるべき姿と可能性を探っている。取り上げられている地域は、北海道から沖縄県まで日本全国41地域以上に及んでおり、現在の日本のまちづくりの様々な動きを知ることができる。
 ただし、「最先端」といっても、規制緩和、不動産の証券化やPFI、アセットマネジメント、エリアマネジメント、コンパクトシティ……といった新しいまちづくり手法についてではない。むしろ、その逆である。著者は、制度や仕組みは弁当箱であっても、弁当の中身ではない、重要なのは中身であり、それは精神であると述べる。本書で取り上げられる事例の大半は、小さな市町村での取り組みである。そこには、自ら暮らしを創出する力のない消費者の地域社会となりさがった「ハズレ」社会ではなく、日本の原風景的な「ムラ(百姓)」や「マチ(職人)」のもっていた、あるいは理念型としての「江戸」の持つ豊かさを継承するまちづくりが活きている。著者の問題意識は、近代史家・評論家の渡辺京二、作家の石牟礼道子、かつての水俣病闘争リーダーの緒方正人の諸氏をはじめとする熊本の人間学研究会と「本願の会」での交流を通じてのものであり、地域に根ざした思想が、本書を通じて貫かれている。あとがきで「風のように訪れて、さっと表面をなでて、立ち去っただけだから、深層にまで入り込めたわけではない。そんな風の記憶でも、この列島が病んでいることはすぐに気付く。自然と人が共に病んでいる。
   つまり風土が病んでいる。……列島には『いのちの世界』から逃亡して、『おかねの世界』に入り浸った付けが毒のように回っている。……この流れに抗する人たちが少数ながらいる」と現状認識をまとめている。
 評者も松本氏の現状認識、主張するまちづくりの精神に大いに共感し、実際に自分でまちづくり活動を進める上でも大いに示唆に富む。その一方、こういった本の落とし穴でもあるのだが、各事例に対してユートピア的な捉え方が強すぎるとも感じた。われわれの評価自体、特定の社会層からの評価にすぎず、他の社会層にとっては受け入れがたい場合が普通である。いくつかの事例では対立する立場も踏まえて重層的に事例を捉えているが、理想的に見えるどのようなまちづくりであろうとも、現実の地域社会は多くの対立を含みながら微妙なバランスで成り立っている。そのようなまちづくりの動的平衡関係を析出し、地域の独自性と他地域でも応用可能な普遍性を見出す作業、それは松本氏からわれわれ地域研究者に与えられた課題であると受け取りつつ、本書を読み終えた。

(徳島大学総合科学部准教授・矢部拓也)

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