岩崎芳太郎 

2009/05

 
『地方を殺すのは誰か』
PHP研究所(定価1,260円、2009.2)

 本書のタイトルは比喩とはいえショッキングである。地方の経済社会を「殺す」下手人が列挙される。曰く「中央集権官僚体制」、「憲法の『欠陥』」、「金融庁不況」、「民営化・規制緩和」、「不公正な競争」であり、同時に地方での「リーダー不在」が指摘される。著者は鹿児島に籍を置く有力企業の経営トップである。本書のように地方の経営者による真に地方発の議論がなされることはこれまで少なかったのではないか。
  著者は90年代末葉から始まった銀行破綻と小泉政権下の金融再生プログラムで進行した金融収縮によって財務面で塗炭の苦しみを経験した。金融機関の与信政策を制し上意下達型の金融検査マニュアルのあり方は、地方での経営実態と乖離した企業評価に繋がり、あるべき処置をミスリードしてきたと批判する(実態を受け、マニュアルも一部改訂された)。それだからといって著者は地方企業の放漫経営を許容する訳ではない。ムラ社会の論理が蔓延り、近代的契約原則を嫌う地方のメンタリティに対しては、自社の状況を含めて仮借ない批判を展開する。著者の属する産業は建設業など財政による再配分に預かる分野ではないが、地方交通という政府の監督を受ける分野を含んでいる。歪められた規制緩和と中央・地方の関係温存が同時進行する中での事業遂行の苦闘と驚くべき事実も紹介される。著者は反改革派ではない。数多ある中央・地方の公的セクターの非効率経営を糾弾し制度改革を要求する。しかし社会資本やそれに準ずる分野に関してはシビルミニマムやユニバーサルサービスの重要性に照らし慎重かつ周到な検討を主張し、郵政民営化や杜撰な規制緩和策を問題視する。いわゆる地方分権について著者は、地方「主権」に立脚した制度改革を主張する。「ローカル」たる地域は固有の経済価値を生み出しながら、内外の「ローカル」と直接に結ぶ「インターローカル」の構想を提唱する。
    最後に示されるリーダーシップ論は傾聴に値する。地方企業の経営者には従業員と地域をまとめ中央に対抗できる自覚的なリーダーシップが求められる。これは著者のいう中央と地方を覆う「律令制」ともいうべきメンタリティを変革する力となるかも知れない。徳目とされる「ノブレス・オブリージュ(選ばれし者の義務)」もリーダーのみの義務論として捉えるのではなく、「すべての人間が『選ばれし者』であり、それゆえにノーブル・オブライジを持って」、「自分なりの哲学やビジョンで行動するべき」ことと捉え直す。そして「その人なりの使命感を持って」仕事を遂行することで、「社会をよりよいものにするためには優越した思想」となることを提案する。
  本書の副題は「立ち上がれ圧制に苦しむ地方の経営者よ!」となっている。多くの地方経営者に同感と覚醒を促すのではないか。また国や地方のあり方を問い直す豊富な内容は憲法論にまで及び、一般にも広く読まれることを期待したい。
(株式会社慶應学術事業会・茂木愛一郎)

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