渡部薫 著

2010/9

 
『都市の自己革新と文化――ひとつの都市再生論』
日本経済評論社(定価4,200円、2010.03)

 都市の自己革新と文化「都市の創造性」に関する論理的整理とそれに基づく事例研究の書である。創造的環境とその基盤となる文化資本について濃厚な議論が積み重ねられている。それぞれの地域に固有の、すなわち歴史的、自然的に形成される地域文化が、都市再生の起爆力になると同時に、再生の方向性を決めることになる――換言すれば、内発的発展の基礎となるという考え方に立脚し、都市の自己革新の可能性を語っている。
 したがってそれぞれの地域が育む文化資本を発掘し、評価し、その拡大再生産を促す文化政策も本書の関心事である。著者は執筆の意図を、「文化政策等及びその内在する文化の力がこのような都市の基本的構造にどのような影響を与えることができるか、都市の自己革新といえるような変化を導くことができるかについて明らかにすることを目的とする」と記している。ここで「都市の基本構造」とは、都市内で行われる諸活動を支える基盤・基礎を意味し、地域文化も基本構造のひとつと定義している。
 文化が、あるいは文化政策が都市再生を呼び起こす如何なる契機となり得るのか、本書では4つのカテゴリーについてその可能性を論じている。第1に、文化消費需要を喚起し、都市に文化の消費空間を創ること(文化娯楽施設の整備から都市美――歴史的景観/建築の保存まで、ツーリズムなどに結び付く分野)、第2に文化政策を通じて都市のイメージアップ、あるいは生活の質の向上につなげること(そのことによって知識集約型産業の立地やそうした分野で活躍する人材を引き付ける)、第3に文化産業(芸術、デザイン、メディアなど)を支援する、いわば産業政策的な展開、最後に文化、芸術の持つ創造力を社会に内在する潜在的可能性と結び付けること(=コミュニティエンパワーメント)――である。

 

 著者は、以上のような議論を、事例研究と対照させながらその正当性を検証しようとしている。英国のシェフィールド、マンチェスター、グラスゴーなどが取り上げられている。いずれも煤煙型工場が衰退し、コミュニティが激しく荒廃する時期を経験した後、文化の力をテコに、文化都市として甦ってきたところである。しかし、同じ文化の力も、それぞれの都市で表出の仕方が違っており、シェフィールドでは行政主導の文化産業支援・育成策(文化産業地区政策)が成果を上げているのに対し、マンチェスターでは明確な文化産業政策は観察できず、文化力がむしろ自生的なものとして生まれ育ってきた、と述べている。
  日本では長浜の黒壁のまちづくりについて多くの紙片を割いてその成功要因を分析している。すなわち、「長浜のまちとしての伝統・固有性やアイデンティティが文化的価値の基本的部分を構成しており、この文化的価値を中心に長浜を活性化させ伝統を守り伝えていこうとする主体形成がおこり、黒壁の活動というイニシアチブが開始された」と黒壁運動を評価している。
 地域に固有の文化資本と文化政策が呼応し、相互に影響しないながら都市のイノベーションを如何に起し得るのかを考えるのに、いろいろな考察の視座を提供してくれる。

(大阪市立大学・矢作 弘)

書影イメージ

記事内容、写真等の無断転載・無断利用は、固くお断りいたします。
Copyright (c) Webmaster of Japan Center for Area Development Research. All rights reserved.

2010年9号 目次へ戻る