藻谷浩介 著

2010/12

 
『デフレの正体――経済は「人口の波」で動く』
角川書店(定価760円、2010.06)

 本書は、経済に長期に影響を及ぼす人口動態について、それも子細に地域別に分析することで、現下の日本経済低迷の原因をあぶり出すとともに、その影響を扱ったものである。前世紀末から今世紀初頭にかけて、様々な国内需要に地域を問わずはっきりとした減少がみられることがまず指摘される。その背景に地方も大都市も等しく襲う「生産年齢人口の減少と高齢者の激増」があることが主張される。生産年齢人口にカウントされる人口階層はライフサイクル理論が示すとおり、稼ぎ手であると同時にマクロ消費の主体であるが、その人口が減少していることは消費動向に甚大な影響を及ぼすことになる。これらは著者が長年にわたって日本の地域をフィールドに現場検証を行ってきたことと、小売販売額や就業者数の推移についての綿密な統計分析の成果である。
  表題にあるデフレとの関連について一言付け加えたい。著者の主張は「人口の波」が経済に大きく影響するという長期の視点である。一方デフレ論議は短期の景気対策のための政策論議であり、観測される物価動向が問題となる。表題に関しても、著者は「デフレ」を不況の代名詞として使ったまでで、人口動態の大きな変化こそが現在も不況を長引かせ将来により深刻な問題を発生させる原因の「正体」であるということが伝えたいメッセージのようである。ただ人口動態の経済への影響を論ずる場合でも、経済学では需給両面を問題とする。「生産年齢人口の減少と高齢者の激増」という現象から本書では需要面の減少が強調されている。著者は供給能力の縮小は遅れがちとみているが、今後理論と実証両面からの検討が求められよう。これに関連するが、長期の人口動態の影響=人口オーナス下の対策として生産性上昇が一般にも指摘されるが、本書第7講が興味深い。生産性向上努力はとかく人員合理化で進められがちで、人件費の削減はひいては内需そのものを縮小させ本来の付加価値生産性の上昇をもたらさない可能性が高いという

 

指摘である。求められるべきは産業構造調整を通じた経済全体の生産性上昇や個々の企業でなされるブランド力の向上や真の技術革新を通じた付加価値率の向上でなければならず、それらは言うは易く実行が困難なことが述べられる。   そこで提言される対策はもっと社会的なもので、・高齢富裕層から若年層への所得移転、・女性の就労と経営参加の環境づくり、・労働者ではなく外国人観光客と短期定住者の受け入れの3点が挙げられる。・は生前贈与の促進化を含むが、企業給与体系のフラット化という構造改革も強く提案されている。これらに限らず本書をこれからの日本の経済社会形成のための戦略論として読むとき、豊富なアイデアが随所にみられる。ものづくり一辺倒の産業志向を諌め、付加価値を生み出すものに産業は問わないことの強調やこれからの地域構造についての見解は、著者の長年にわたる内外の都市や地域構造の知見に基づく理想やビジョンを強く反映したものとなっており、注目に値する。

(慶應学術事業会代表・茂木愛一郎)

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