2011/06

 
福島を考える
『地域開発』編集長・東京大学 大西 隆(おおにし・たかし)

 委員となっている政府の東日本大震災復興構想会議の視察で、先日、福島県内の市町村を訪れた。県の計らいで、被災地である13市町村の首長から直に話を聴く機会を得たので、それぞれの地域におけるこの災害の受け止め方を知ることができた。県内の津波被害も甚大である上、原発崩壊による放射性物質の放出や放射線量の増大という見えざる災害に襲われた地域がある等、複合的災害となったのが福島県である。沿岸部の津波被災地でも、放射能汚染によって、津波被害からの復興に大きな支障が出ているところが少なくないし、20キロ圏内にあって警戒区域に指定されたために、立ち入ることさえできなくなっている地域があるので、いつ生活や生産を再開できるのかに大きな不安が生じている。また、地震と津波による人的、物的被害はほとんどないのに、計画的避難区域に指定されて、1カ月以内に避難することを求められた内陸地域では、避難の必要性を実感しにくいこと自体が大きな問題であり戸惑いが広がっている。緊急時避難準備区域に指定した地域を含めて、政府は十分な説明、特に放射線量のより詳細なモニタリングを行って、指定の必要を継続的に説明していく必要があると感じた。
 筆者はこれまで、災害が収束していない福島について、当面十分な賠償が行えるように対策を講じることが重要としてきた。しかし、さらに、災害収束後の復興過程においてなすべきことについて、今から取り組むことも必要であろう。
  その一つが新たな産業・雇用機会の模索である。福島第1、第2原子力発電所の近隣地域には原発に関連した雇用が多く、原発が地域経済の中心になってきた。第1原発はもとより、第2原発についても今後短期間で運転再開ができるとは思えないから、福島県の浜通りでは、恐らく相当長期にわたって“原発なき復興”を進めざるを得ない。変電、送電等の既存設備を活用できることを考え合わせれば、自然エネルギーの基地にする等、エネルギー関連の産業振興を図ることが有力と思われる。必要性は高いとされながら、本格的な取り組みが遅れてきた太陽光発電や風力発電をはじめとする再生可能エネルギーを福島県の沿岸部(浜通り)に集中的に立地していくことは検討に値する。また、津波被害からの復興に際しても、太陽光発電を取り付けた住宅を設ける等、分散型エネルギー供給によって、火力発電と原子力発電を中心とした従来型のエネルギー供給からの転換を先取りしていくことが必要となろう。その際に、設備投資に補助したり、全量買い取り制度を導入する施策が特段に考慮されるべきである。
  また、この地域では酪農等を含んだ農業、漁業等の第1次産業が盛んであり、これらが放射能による土壌汚染や海水汚染の影響を長く受けて停滞したり、風評被害を蒙るのではないかと心配されている。風評被害の背景には、消費者の不安感があるから、容易に収まらないという問題がある。加えて、食品などの安全が損なわれているという情報は報道によって瞬く間に行き渡るのに対して、安全を回復したという情報は十分に報道されずに、行き渡りにくいというメディアの取り上げ方も風評被害をしばしば根強いものにする。風評被害を絶つには、無害であることを示すデータを根気よく示し続けて、理解を広げていくことが基本となるが、安全証明書を発行する等、公的機関の果たすべき役割も大きく、官民協力が必要である。特に、日本全体が汚染地域と見なされる等、風評被害は事情がよく分かっている者には信じられないような広域的影響を及ぼすものであるから、政府もメディアの理解を得て、海外に向けて情報発信し、根拠のなくなった理由で被災地産の食品が輸入制限や買い控えなどの被害を受けるのを防がなければならない。

 

 復興準備過程において、筆者が特に重要と思うのが、被災地の人びととの交流である。
  複雑な災害構造となった福島県の事情を、被災地外の多くの人びとが理解すること、つまり災害体験を共有することがさまざまな支援や協力を得ていく基礎となる。現地での復興が始まるまでに長期間を要する恐れのある原発被災地への支援体制が衰えないために、体験共有の輪を広げていくことが欠かせないと思う。もちろん共有を可能とする根拠は、原子力災害が日本に50数基ある原子力発電所の他の場所でも起きる可能性があることである。すでに東海地震災害での津波被害が想定される浜岡原発では、首相の要請で十分な津波対策がとられるまで運転が中止されることになった。他の原発についても、対策が必要なケースがあると専門家は指摘している。原発は点検等で運転を停止した場合にも、再開に際して事実上地元自治体から了解を得ることが必要になっており、そうした機会を通じて十分な災害対策を求める首長が増えることは間違いないだろう。したがって、原発近接地域や、原発による電力供給地域(したがって、国内のほとんどの地域)では、今回の災害を自分達にも大きな関わりのあるものとして理解しなければならないといえるから、災害体験の共有化は一層重要である。
  地震による津波と原発災害を機に、首都機能の移転や首都機能のバックアップ機能の立地都市をつくるべきという議論が起こっている。首都機能移転論は90年代に特別な法律まで作って議論され、阪神淡路大震災が起こったこともあって、国全体の防災力の強化という観点も移転理由に挙げられてきた。つまり、安全な場所、あるいは東京と同時被災しない場所に首都機能の全部または一部を移そうという議論である。一方、首都機能のバックアップ論はこれとは異なり、災害時のみに首都機能を担う地域を準備するという考えである。
  いわば危機管理の機能に特化した国家機能立地論である。いずれも大いに議論が必要なテーマであるが、被災地の復興や災害の収束に直接役立つわけではないので、原発災害の収束と復興に関する議論を優先させることを忘れてはならない。収束と復興にいささかでも混乱を与えることになってはならないであろう。その上で、今回のような原発被害で首都機能が移転しなければならない場合には、東京圏の一般の住民も避難することになるから、必要な施設や空間は膨大なものとなり、事実上バックアップ策は存在しない。したがって、災害時に対応策のないような影響を及ぼす原子力発電を今後も使い続けるのかという根本問題に行きつかざるを得ないだろう。電力がいかに貴重で、原子力が低炭素という利点を持っていても、有事の影響があまり大き過ぎることを今回の経験が示した。当面の災害収束、復旧復興に続いてこうした根本問題にも議論を向けていく必要が出てきている。


記事内容、写真等の無断転載・無断利用は、固くお断りいたします。
Copyright (c) Webmaster of Japan Center for Area Development Research. All rights reserved.

2011年6号 目次へ戻る