インフラ問題というと、日本では昨年末の笹子トンネル天井崩落事故、米国では2007年のミネアポリスでの橋梁落下事故が思いだされる。
インフラの経年変化にともなう老朽化と、そのための対策が喫緊となっているが、そのような折、本書が翻訳された意義は大きい。著者のロハティンはウォールストリートのインベストメントバンカーで、多くの金融取引に関わった国際的な金融人である。一方で、米国におけるインフラの老朽化に対し警鐘を鳴らし抜本的更新の必要性を訴え、オバマ政権で検討に入っている全米インフラ銀行(NIB)設立の提唱者でもある。本書は、一国のインフラ建設の歴史を振り返り、先人が何を考え苦闘したか、ある場合はその負の側面をもよく知ることで、インフラの問題をより深く捉えることができると主張する。
ロハティンは、米国の歴史のなかから10のプロジェクトを選び出している。@ナポレオン時代のフランスからのルイジアナ買収(1803年)は、ミシシッピ以西の広大な土地取得を意味し、西部への拡大を可能にした。Aエリー運河開通(1825年)も大西洋からの物資輸送を可能にし、この西漸運動や北部の工業化を促進した。Bホームステッド法(1862年、自営農民形成のための国有地払下げ)、C大陸横断鉄道開通(1869年)も同様の動きのなかで重要であった。さらに他国にもかかわらずDパナマ運河開削(1914年完成)を採りあげているが、米国にとっての地政学的重要性を認識してのことであろう。それでも、これらB、C、Dについてはそれぞれ、白人中心主義、利権あさりの横行、他国の主権侵害を伴うものであったことなど批判も述べている(なお植民・建国以来の地理的拡大には先住民排除を伴っていたという矛盾を抱えているのが米国であることは留意されてよい)。 |
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次いで19世紀後半からの州立大学創設の基礎となったEランドグラント法(1862年)や、後年第2次大戦中のことであるがF復員兵救護法(GI権利章典)によって急速に米国の高等教育の普及とレベルアップに繋がったことなど、インフラには重要な制度設計も入ることを指摘する。民主党支持者の著者にとってニューディール時代のG地方電化の推進、H復興金融公社の設立を語る思いは熱い。最後にI第2次大戦後に整備が進んだ州間高速道路システムの建設をあげている。
本書は単にこれらのインフラの重要性を語るだけでなく、どの場合にも先見の明と不屈のリーダーシップをとる人物がおり、「勇気ある決断」があってはじめて実現していることを指摘している。またこのようなプロジェクトには資金調達の問題を伴い、連邦等財政資金以外の調達をどのようにしてきたか、米国では19世紀から民間資金を使ってインフラづくりがなされてきたが、そこでの公民協力のスキームづくりなど金融人ならではの視角からの叙述がみられるのが参考になる。
最後になるが、著者は1940年ナチス占領下のフランスを辛うじて脱出、米国に移住できたユダヤ系移民でもある。すでに大国となっていた米国は救いの地であり、その建国以来の理念性に大いに共感し、成功に至ったユーロアメリカンである。本書はそのロハティンの憂国の書として読むこともできる。 |