<地域振興の視点> |
2000/08
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■TIF:自立型再開発手法の可能性 |
編集委員・東京大学 大西 隆
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最近アメリカのTIFという制度を調べている。TIFとはTax Increment
Financing、増加税収財源措置とでも訳すのが適当な制度である。重点的に再開発を行う地区を指定し、そこでは税金(主として財産税)の増収分を基盤整備の財源として還元しようというものだ。アメリカでは税を徴収する機関(課税機関)、つまり政府は9万近くあり、その大部分を占める郡以下の地方自治体税収のおよそ75%が財産税(Property
Tax)である。一人の納税者の資産に対して、州、郡、市などの地方公共団体はもとより、学校区や特別区と呼ばれる特定目的の政府が課税権を持つ。このため課税明細には、諸政府の請求する税率が列記されている。
再開発を進めようと、TIFに指定された地区については、これらの課税機関の税額を固定して、以降の税収の増加は、すべてTIF地区再開発の財源として使われる。例えば、衰退した工場跡地を考えると、まず、この地域の再開発に関心を持つ民間事業者がいるかどうかを調査し、見込みが立てば、TIFに指定される。すると、その時点の資産評価額が算出され、それに各課税機関の税率をかけた税額は従来通りそれぞれの機関に配分され続ける。しかし、再開発の進展によって資産価値が高まった分に対する税収は、その地区に設立されたTIF組織の収入となり、地区のインフラ整備や民間事業者への補助金として使われる。地区内で、税収を投資に注ぎ、さらに発展を図るというスパイル効果を興そうというのである。
TIFの特徴は、税を払う側の負担は変わらないことであり、制度の導入し易さにつながっている。他方、税を取る側は変化する。TIF地区からの税収はTIF指定時で固定されてしまうから、課税機関にとっては、TIF地区からの税収は増えているのに、TIFが存続する期間中は、実際に徴収できる額は増えないことになる。これはTIFを設置した市財政にも当てはまり、TIFからの税収増加分は市の一般財源には回らない。このように、TIFは、いわば課税機関に、しばらく税収を増やすのをあきらめてもらい、その地区の再開発を進める制度である。
しかし、それは課税機関にとって、損失ばかりを意味するわけではない。もともとTIFに指定されるのは、寂れた資産評価額の低い地区であることが条件になっているから、そこからの税収は低水準である。放っておけばそのままの税収しか見込めないのが、TIFによって、民間企業を呼び込み、再開発が進んで資産価値が上がるのである。そして、TIFの期限が来れば、財産税の全額がもとの課税者によって配分されるから、以降はTIFによる開発なしでは実現できなかったであろう高税収を得る。当面税収が低く固定される課税機関がTIFに同意するのは、こうした将来への期待からである。
この制度は戦後まもなくカリフォルニアで始まり、既に相当な歴史を持つのであるが、最近とくに活用され始めているようだ。全米の統計はないのだが、例えば市長の肝いりでTIFを活用しているシカゴ市では、最近指定地区を急増させた。シカゴで、制度ができたのは1977年のことだが、初めて適用されたのは1984年である。80年代には11カ所が指定され、90年から97年に、新たに33カ所適用されたのが、最新状況を確認しようとHPを覗いてみたら
(http://www.cityofchicago.org/PlanAndDevelop/Programs/TaxIncrementFinancing.html)
現在では103カ所になっていた。
筆者がTIFに関心を持ったのは、これが自立型の開発手法であるからだ。開発の原資は、自分達の資金と、自分達が納めた税金なのである。したがって、スケールアウトの開発が行われるべくもない。
加えて、TIFは官民協調的な事業になることである。公共側は地区の指定、計画策定、基盤整備を担当し、開発投資は民間企業の役割である。TIF税収は、公共自らの基盤整備費か、民間が行う基盤整備に補助金として支出される。したがって、TIF地区開発のパートナーとなる官民は、よく計画を調整して、双方の投資が最大の成果を上げるように考える必要がある。
さて、TIFは日本に応用可能か?もちろん制度が違う。日本では学校区や特別区のような課税機関はなく、固定資産税は市町村税であるから、TIFの原資をこれだけに限れば、TIFの意味は半分になる。つまり、本来市町村の一般財源として使われるはずの税が、TIF指定地区に対してだけ投じられる、という優遇策である。これでは、他の課税機関にTIF期間中我慢して貰うという点が欠けるから、市町村にとっては、もう一つメリットが感じられない。TIF指定地区を集中的に再開発し、実を上げるには、TIFの原資を増やす必要がありそうだ。再開発の進展によって税収が上がるような税、例えば消費税、法人税、事業税等を絡めることができれば、実が上がりそうだ。もっともこのような税の場合には、財産税と違い、納税者の移動が発生するのが厄介な点だ。財産税の場合でも、TIF地区の潤いは他の地区の衰退と裏腹という問題が起こり勝ちだが、法人税や事業税になると、場所ではなく、企業について回る税であるから、「金のなる木」の移動といった面がより強くなる。したがって、増収のすべてをTIFに回すのではなく、一部にするなどの工夫がいる。
しかし、工夫がいるにしても、自立型の開発手法という特徴は、日本にとっても魅力的である。公共事業費や、財投資金などが中央から配分されてくるというこれまでの開発行政はすでに綻び、改革が始まっている。そこでは、地域ごとにそれぞれの目標を持ちながら整備を進める、精神的、経済的「自立」がキーワードである。最近各地で取り組まれている中心市街地活性化などでも、補助金がつけば計画を作り、次は補助事業がくるのを待つ、という補助金行政の枠を一歩も越えていない。その意味では自立とは無縁の制度であり、創意工夫が重要な時代に、成果が見込めるか疑わしい。自立には資金がいることはもちろんであるから、それを生み出す工夫を市町村が真剣に考え、かつそのアイデアが納税者の負担増にならない、他地区に過大な犠牲を強いない、長期的には広範な地域が潤おうなどの条件が満たされれば積極的に認めていくことが必要である。
そう考えると、ささやかな仕組みかも知れないが、自助努力で地域の活性化を図るTIFの示唆するところは日本にとっても大きい。 |
(おおにし・たかし) |
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