<地域振興の視点>
2003/09
 
■ロードプライシングの大実験、順調な滑り出し――ロンドン
編集委員・大阪市立大学 矢作  弘

●予想を超える成功
 ロンドンが都心部を走行するクルマから混雑対策課徴金(Congestion Charge)を徴収するロードプライシングを導入したのが今年2月17日。英国の新聞には「世紀の大実験」という大見出しが踊り、賛否両論かしましく、「リビングストン市長の政治的大ギャンブル」と揶揄する議論もあった。しかしこれまでのところ、
ロードプライシング推進派もびっくりするほど順調に推移している。メディアも、保守系のタイムズを含めて好意的に報道しており、「リビングストン市長再選か?市民の支持率アップ」(ガーディアン紙)という記事まで掲載され、取りあえずはリビングストン市長に軍配の様相である。市長はこれに自信を得て近い将来、
ロードプライシングの対象地区をさらに広げることを検討していると伝えられている。
 どんな政策にも副産物があり、したがって批判は付き物。今度のロードプライシング導入に対しても「ロンドンの中心部から活気が失われる」などの声があるし、「都心でのショッピング客の数が減ると中小企業連合会が危惧している」(ガーディアン紙)。しかし、5月中旬の世論調査では、ロードプライシングに対する市民の支持率は67%に達し、ロンドンっ子の評価も極めて好意的と言える。
 ロンドン市(GLA)の公式発表によると、この間、ロードプライシング導入地区のクルマ交通は37%の改善が見られた。混雑対策課徴金を徴収している時間帯(月〜金曜日、午前7時〜午後6時半)には、1年前は平均して時速8マイル(1マイル=1.6q)でしか走行できな
かったが、制度導入後には時速11マイルで走れるようになった。この数字は、実施前に「クルマ走行のスピードアップはせいぜい20〜30%止まりだろう」と見込まれていたことに比べると、推進派も驚かせる成績であった。ロードプライシング導入地区内を走るクルマ交通量は、16%減ったと報告されている。おかげでバスもスイスイ走れるようになり、朝のラッシュアワーの乗客数が6,000人増えたと報告されている。

●課徴金は1日5ポンド
 パリ、ブルッセル行きの特急列車「ユーロスター」が発着するテムズ河畔のウオータールー駅北界隈にコンパスの軸足を置き、半径3q弱の円を描いた範囲が今度のロードプライシングの対象地区となっている。国際金融センターのシティがすっぽり入るほか、英国議会・中央官庁のあるセント・ジェームズ/ウエストミンスター地区、ショッピング・飲食・娯楽のピカデリーサーカスからソーホー地区など、大方、ロンドンの心臓部が含まれている。
 ロードプライシング導入地区を走るクルマは5ポンドの支払いが必要となる。あとは1日出入り自由。内環状道路からの入り口や地区内におよそ700台のカメラを設置するなどして地区内走行車両のプレートナンバーを撮影し、混雑対策課徴金を支払済みかチェックし、それをコンピュータで照合する仕組み。捕捉率を高めるために移動カメラ車も走らせている。
 地区内に乗り入れる(入れた)クルマは、事前か、当日の午後10時までにインターネットや電話、あるいは取扱店などで決済する。支払い方法を多様化したことも、今度のロードプライシング導入を成功に導いた一因となっている。午後10時を過ぎて未納の場合には、支払い遅延金として5ポンドのペナルティを科せられる。
午前零時を過ぎると、罰金は80ポンドに跳ね上がる。さらに28日以上延滞すると120ポンド。ただし、14日以内に支払えば40ポンドに減額される。地区内の住民は、届け出をすれば一世帯1台まで混雑対策課徴金の90%減額措置を得られる。また身障者、ロンドン市内での営業許可を得ているタクシー、環境に配慮した電気自動車などは支払いを免除されている。
 予想を超えるクルマ交通の改善は、リビングストン市長にはうれしい誤算であったが、うまく行き過ぎているが故の、もうひとつ誤算が起きている。GLAは、混雑対策課徴金と支払い遅延のペナルティで年間およそ1億3,000万ポンドの純収入があると皮算用していた。ところが試算していた台数のクルマが導入地区に入って来ない。「5ポンドを払いたくない」というクルマ利用者が予想以上に多かった。市長は市議会で「通年で純収入は予算の半分にしかならない」と答弁していた。

●ほかの都市も導入検討
 リビングストン市長は労働党左派に属する急進派だった。初のGLA市長選挙でブレア首相の押す労働党候補を破って市長となったいきさつがある。財政面で政府の締め付けが厳しく、市長として自由にできる財源に乏しい。そこで混雑対策課徴金に対して大きな期待を寄せ、その純収入を市内の交通対策に充当する腹積もりだった。その目論見に狂いが生じてきた。もっとも市長は「クルマ対策が最優先。財源対策で取り組んだわけではない」と強気である。
 このロンドンの「世紀の大実験」に対しては、東京やニューヨークなどの世界都市も強い関心を示している。また、エジンバラやブリストルなどの英国都市も導入を検討し始めている。冷ややかだった英国政府からも好意的に評価する声が聞こえ始めている。内環状道路とその内側地区でのクルマ利用によるモビリティの減少が、はたしてどこで、あるいはどの交通手段によってどのように吸収されたのかなど、さらなる調査と研究が必要なことは言うまでもない。減少した状態の持続可能性を判断する材料も、まだ十分とは言えない。
 監視カメラとプライバシーの問題もある。「英国は世界の監視カメラの10分の1が集中する世界最大の監視カメラ大国」(「岩見良太郎の英国万華鏡」住民と自治)。市民の反発が少なかったのはそのため、という説もある。東京ではどうか(日本も最近はATMの前、スーパーマーケット、商店街……となかなかの監視カメラ国に?)。ロンドンのロードプライシングの実験から学ぶことが多々ありそうだ。

(やはぎ・ひろし)


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