矢作弘・小泉秀樹 編著
2005/08
 
成長主義を超えて――大都市はいま
日本経済評論社(定価3,360円、2005.5)

埼玉県南部の郊外住宅地で育った評者にとって、都内の中学に通う電車の窓から見える新宿の超高層ビル群は憧れであった。これこそ東京が大都市たる証であると。それだけに、香港を初めて訪れたときは少なからずショックだった。超高層ビルが都市の“発展度”を測る可視的でわかりやすい指標だったのである。
 近年の都市再生の流れの中で、東京には新たな高層のオフィスや住宅が次々と建ち上がっている。しかしそれは東京の都市としての実力、魅力がさらに高まったことを意味しない。むしろ人々が暮らす都市空間の質という面では問題が多いのだと、本書では批判的に論じられている。
 本書は5部から成る。まず第T部の第一節で、都市景観の混乱をもたらす景気対策としての都市再生政策を批判する。「もはや都市のアイデンティティや個性を、ましてや都市の優越性を、超高層ビルを建てることに委ねる時代ではない」と。続く第二節は本来あるべき都市再生のための空間計画論である。空間計画とは環境、産業、交通、文化、人間活動といった諸相を空間において統合するものであり、自治体だけでなく市民組織もその主体となりうる。
 導入部を受けて、第U部から第W部では都市再生の問題点と空間計画の具体像が最近の事例を通して示されるが、マンション紛争が多く取り上げられている。なるほどマンション問題は、都市再生政策の課題と空間計画の重要性を体現している。本書の内容に即して整理してみよう。マンション建設は都市再生の一環としての規制緩和と都心居住推進に沿ったものである。しかし制度的な問題に加え、開発する側に(利益追求だけではない)空間計画の観点が欠けているために、東京・神楽坂、谷中、国立、名古屋・白壁のように住環境や景観上の問題を引き起こす。同時にこれらの地域ではマンション問題がまちづくり活動を呼び起こし、空間計画主体の形成の契機ともなっている。だが八重洲・日本橋の再開発や大阪・谷町の事例は、「地元」の代表性や行政との関係など空間計画主体の難しさを物語っているのである。
 
 こうした難しさの一方で、SOHOによる中小ビルの再生、大阪の長屋の再生、京都の町並み回復の提案、神田の共同建て替え、山谷でのホームレス問題の解決とNPO活動などの事例は、地域資源を再認識し保全・活用していく取り組みとして参考になろう。
 第X部では、東京(圏)の都市構造の変容を分析しながら、より大きな空間スケールで東京の将来を展望している。読み終えてから本書の構成を振り返ってみると、近視眼的な都市再生の実状を見せた上で、人口減少・高齢化社会を見据えた長期的な視野へと読者を誘っているかのようである。
 読み応えのある本であった。本書の表紙には「シリーズ都市再生@」とある。大都市の次は地方都市について読みたいと思っていたら、第2巻の海外都市事例のあと、第3巻で地方都市がテーマになるようだ。続刊にも期待したい。
(東京大学・片山健介)

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