<シリーズ/地域振興の視点>
2005/09
 
■銀座の挑戦
『地域開発』編集長・東京大学 大西  隆

 本誌8月号では「変わる銀座・日本橋界隈」と題して特集を組んだ。特集では開発者、地元商業者、研究者・専門家とそれぞれ異なる立場の方々が、日本橋・銀座に対する思いを語り、企画にあたって矢作弘さんが狙った銀座の超高層化について「広範な論争を起こすきっかけ」をつくることになったのではないかと思う。特に銀座に長く店を出している銀座街づくり会議の5人の方々から銀座のあるべき姿論を伺えたのは貴重であった。本欄では、食後のコーヒーを飲む感覚で、この特集を振り返るとともに、広範な議論の一角に加わりたい。
 室町から銀座まで、地下鉄銀座線が地下を走る通りをすべて中央通りと呼ぶのが正しいのかどうか自信がないのだが、ともかくその通りを北(室町)から南(銀座)へと俯瞰すると、特集で取り上げたように、室町の三井本館周辺再開発、日本橋の東急百貨店跡のコレド日本橋、海外ブランド店が四つ角の三つを埋める銀座マロニエ通りの角など、すでに完成したり、工事が進んでいる大型再開発がある。加えて、日本橋川にかかる首都高都心環状線、京橋の明治屋一帯、さらに銀座6丁目の松坂屋を含む東側2ブロックの再開発など大規模な開発構想が浮かんでいる。また、中央通り沿いではないが、晴海通りの歌舞伎座のある街区についても、歌舞伎座のリニューアルを含んだ再開発構想が出ている。
 中央通りや銀座で大規模な再開発が企図されている背景として重要なのは2点である。第一は、これらの地域のある中央区では、最近居住人口が急速に増加しており、1995年の6万3000人をボトムに、すでに9万3000人程度まで回復している。最近の5年間では30%近い増加である。もちろんマンションが中央通りや銀座といった商業地に直接建設されるわけではないのだが、開発ムードがこの地域にも漂ってくるという意味での影響はありそうだ。第二に、都市再生特別措置法による緊急整備地域に指定されたので、容積率規制などのより大幅な緩和が可能という期待感が地権者や開発業者に強まっていることである。もちろん、規制緩和を求める開発者の提案は、都市計画の審議・決定手続にかけられるから、不適切であれば受け入れないことができるので、規制緩和は万能ではない。
 さて、8月号の特集は、特にこの地域の将来を左右する論争になる可能性のある銀座6丁目の開発に焦点を当てている。もともと31mでスカイラインを整えられて銀座の中央通りに面した建物が、1998年に銀座ルール(建築条例)によって高さ56mへと緩和を受けることになった。しかし、緩和とはいえ、56mの制限が設けられているのだが、松坂屋や森ビルによる提案はさらに容積率や高さの緩和を織り込んだ百数十メートルの超高層の提案である。上記銀座ルールがあるから、いかに都市再生特別地区の提案であろうと認めなければいい、といえそうだが、少し厄介な問題がある。銀座に関する中央区の建築条例には「総合設計の許可に係る建築物の高さ」は56mの制限を越えるものとするとあり、無数に先例のある総合設計を提案すれば制限を越えて高い建物を建てることができる。現に銀座では121mの建物が建っているという。この特例による抜け穴を潰すには、総合設計を含めてあらゆる建物が高さ規制を免れないように条例を改正する必要がある。自らの土地の将来利用にも制限をかけることになるこの規制の制定を、地権者が合意できるかどうかがルールによって景観を守るという観点からは重大な鍵を握ることになる。なぜなら、景観法の制定を促したとされる国立市の高層マンション問題では(本誌2003年5月号で特集)、結局高さを規制する明文化されたルールがなかったために、反対運動を尻目に高層マンションが合法的に建設されている。総合設計の特例をはずして、56mの高さ制限を例外のないものとすることが成否を握ることになるように思う。もちろん、その上でなお都市再生特別地区の提案が行われれば、決定権者である東京都の都市再生特別地区の運用方針に沿った議論を組み立てていくことが必要となる。その場合でも、高さ規制の合意が形成されていれば、大きな意味を持つ。
 実は銀座地区で景観を守るために高さを規制する上で考えなければならないことは例外の除去だけではない。少なくとも他に2点を検討する必要があるようだ。第一は、高さ規制のある建物の上にある広告塔などが、大型で、かつ景観に大きな影響を与えていることである。銀座のシンボルでもあるネオンサインにどのようなルールを設けるべきかも地域で合意を要する重要課題であろう。第二は、服部時計店や歌舞伎座など保存すべき建物やデザインにどのような手法を適用するかである。歴史のある低層の建築物を保存するには、地権者の犠牲的精神だけに依存しなくて済むように、保存によって失われる経済的利益を、銀座全体や、より広い範囲の人々が保障する仕組みを取り入れることも保存を確実なものとするには有力である。すでに話題になっている歌舞伎座のケースでは、劇場を概ね現在の姿で維持するとすれば、実現することのできない容積が生まれるから、その経済的損失をカバーするために、容積の移転(他の建物の敷地にその容積を上乗せして床面積を確保する)を検討することが必要となる。
 しかし、私は銀座が考えるべきことは単に高さを制限したり、象徴的な建物を保存することに留まらないように思う。日本を代表する商業中心地として、デザインの多様さや、空間利用の多様さを発揮して、訪れて楽しい街並みを創造してほしい。私は中央区に住んで、六本木や渋谷の先の学校に通っていた時期が10年ほどあり、その間は銀座の周りや地下を通学経路としていたから、時折銀座にも出没した。それにペンシルビルのわが家からは銀座のネオンサインが見えたので、斬新なデザインで話題を集めるビルが多い地域という印象を強く持ってきた。従って、銀座では建物のデザインにおいても保守主義に陥ることなく、進取の精神で新しさやほかとの区別を強調してもらいたい。銀座は日本の都市計画の世界においても、レンガ街の建設という都市整備の第一号が行われた地区として知られている。西洋風の街並みをいち早く取り入れたのである。8月号の特集の中で銀座街づくり会議のお一人は、「老舗は常に変わる」と書いている。銀座の挑戦が日本の商店街の活性化に繋がっていくような気がする。

(おおにし・たかし)


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