秦辰也 著
2006/01
 
タイ都市スラムの参加型まちづくり研究
  ――こどもと住民による持続可能な居住環境改善策
明石書店(本体価格 6,090円、2005.9)

 秦さんと初めて出会ったのは2000年、タイのアジア工科大学(AIT)でのことであった。NGO活動家としてすでに有名な秦さんがAITにいると聞いて、私はてっきり特別講師として開発問題をご講義されるものと思っていた。
 ところが、学生として来ているという。あの秦辰也が、アジア各国の若い学生たちと机を並べて講義を受け、フィールドワークに汗を流す、その様子に慣れるまでに私はかなりの時間を要した。しかし秦さんご自身は、自分が第一線のNGO活動家であることをおくびにも出さず、静かに勉学に勤しんでいた。
 あれから5年、秦さんはAITの修士号を取得後、東京大学の博士課程に社会人枠で進学し、3年で博士号を取得した。NGOの業務をこなしながら長文を書き上げるバイタリティはもちろんだが、在籍中に学会の査読論文を複数書いての取得は、いわゆる本業学生でもなかなか真似できない、文句なしのものであった。
 本書は、その博士論文の内容がまとめられたものである。その最大の特徴は、NGO活動家の書籍によく見られる経験論的な論理展開が全くなく、常に第三者として客観的な話の進め方をしていることである。断っておくが、NGO活動家が貴重な経験を書籍でありのままに伝えることは重要であり、秦さんご自身も他の書籍(例えば『バンコクの熱い季節』岩波書店)では自らの経験談を伝えている。しかし学術論文においては、個人の経験のみに依拠した論理展開は通用しない。
 本書ではまず、第T部において「スラム」「住民参加」「社会開発」といった開発問題におけるキーワードが、丹念な文献レビューによって解きほぐされていく。本書のテーマであるこどもについても、「こどもとは何歳までを指すのか」という基本的な定義から、「こどもが参加することの意義」という主要命題まで、膨大な量の文献レビューから淡々と現状に迫っていく。実践に携わる活動家がこのような根本的な議論から丁寧に進めていることに驚きを禁じえない。
 
大学の研究者は時に、論理構築には不可欠だが実用的とはいい難い議論を行うが、それをNGO活動家である秦さんが、普通の研究者以上に突き詰めていっているのである。
 こうした姿勢は、具体的な調査内容となる第U部にも表れている。スラム地区におけるこどもの帰属意識や生活環境への満足度に関するアンケートのデータを用いての統計分析や、PRA/PLAワークショップによるコミュニティ査定といった実証的な手法により、こどもの参加の必要性、参加の効用の具体的な内容が解き明かされ、結論となる第V部へ続いていく。
 豊富な現場経験と実践力を持つ社会人が、研究者として精密な論理展開に基づいた論文を執筆する。私はこのことを、社会人大学院の学生たちにも、本書をもって伝えたいと思う。スラム改善にはそれほど関心がない日本の一般の社会人にも、社会人大学院生の完成型を見せることができるだろう。
(大阪市立大学・瀬田史彦)

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