<シリーズ/地域振興の視点>
2006/05
 
■国立景観裁判、最高裁判決の意味
『地域開発』編集長・東京大学 大西  隆

 去る3月30日に最高裁小法廷で国立の景観裁判のうち、住民等がマンション業者等を訴えた民事訴訟の上告審判決が言い渡され、「上告棄却」となった。
 この事件は、国立市の住宅地の一角に14階建ての高層マンションが計画され、建築されたことをめぐって、都市景観を破壊するという理由で近隣住民や市民が反対運動を起こしたもので、住民vs行政(建築確認行政を担当する東京都)、業者vs国立市、住民vs業者など種々の裁判による複雑な法廷闘争に発展した。これらの裁判の主たる争点は、@マンション用地を含んだ地区に20mの高さ制限を定めた国立市の建築条例の有効性、A同条例施行時に、「現に建築の工事中の建築物」が存在したか否かという建築確認の有効性、B景観利益や景観権が認定されるのかどうか、高層マンションが景観利益や景観権を違法に侵害しているのかどうか、の判断であった。この民事訴訟では、1審(2002年12月18日)では、@は有効、Aは有効、Bについては住民側主張を認めて景観利益を認定し、マンション建設は利益を侵害する不法行為として東側棟の20m超部分を撤去せよとの判決を下した(本誌2003年5月号で特集)。しかし、高裁判決(2004年10月27日)では、@は明示せず、Aは有効、Bは個人の権利として景観権や景観利益は承認せず、として1審の業者敗訴部分を取り消し、マンション建築は適法とした。このため、住民等が最高裁に上告したもので、上告審は高裁判決を支持してマンション建築に違法性を認めず、住民敗訴が確定した。
 ところで、原告側はこの判決に不満かというと、そうではなく、当日出された原告側のチラシの見出しには「最高裁、住民の景観利益を認める画期的判決!」と判決を評価している。その訳は、判決理由で景観利益を認めた点にあるようだ。判決理由では、国立市をはじめとする諸都市の景観条例、東京都景観条例、さらに景観法を引いて、良好な景観の恵沢を享受する利益(景観利益)は法的保護に値すると述べており、当該地について「大学通り周辺の景観は、良好な風景として、人々の歴史的又は文化的環境を形作り、豊かな生活環境を構成するものであって、少なくともこの景観に近接する地域内の居住者は、上記景観の恵沢を日常的に享受しており、上記景観について景観利益を有するものというべきである」(判決文)とした。しかし、景観利益の保護は、建築制限など財産権の制限を伴うので、景観利益の違法な侵害に当たると認定するには、少なくともその侵害行為が刑罰法規や行政法規に違反するものであったり、公序良俗違反や権利の濫用に該当することが求められるとして、本件では、当該建物が建築確認を得た時点で国立市は条例による規制を行っておらず、建物が相当な容積と高さを有することを除けば外観に周囲の景観の調和を乱すような点は認められないとして、景観利益を違法に侵害した行為ではないと述べ、違法性を否定した。
 国立の景観問題をめぐる先述の3つの主要な裁判のうち、住民vs東京都の行政訴訟はすでに最高裁で上告棄却(住民敗訴が確定)となっていて、残るのは、国立市に2500万円の支払いを命じた高裁判決の出ている業者vs国立市の民事訴訟に対する上告審のみとなる。
 一連の裁判を総括すれば、法律論からは、「現に建築の工事中の建築物」の認定や、景観利益を不当に侵害する建築行為の要件などに関心がもたれるのであろうが、ここではまちづくりの観点から考察してみたい。
 本判決を含めて、確定判決で、問題の高層マンションの違法性は認定されなかったものの、先に紹介した住民サイド(東京海上跡地から大学通りの環境を考える会)のチラシにもあるように、高層マンションをめぐる一連の裁判が一つの、しかし小さからぬ力となって良好な景観が都市において重要な価値であることの国民的認識が深まり、景観法が制定されるなど都市景観に関わる法制度が整備されたことは重要な成果である。景観法制定への動きは2002年頃から始まり、2004年に景観法が衆参両院で採決されて6月に交付された。国立の景観裁判が景観問題に対する全国的関心を高めたことが、法制定の推進役となったと私は見ている。同時に、各地で、新たに景観条例が定められたり、高度地区を使った高さ制限が導入されるなど景観に関する具体的な取り組みが進んだ。
 また、都市景観を守る主体として市町村の重要な役割が改めて浮き彫りになったことも指摘したい。すでに触れたように、この判決では、建築確認時に国立市が条例による規制を行っていなかったことが違法な景観利益侵害に当たらないことの重要な論拠とされている。私は、国立市には、高度地区や地区計画など、景観法のない時代にも可能であった景観を守るため(特に高さを制限するため)の規制をかけるチャンスが少なくとも2回あったと思っている。最初は1973年以降に高度地区など絶対高さを制限する規制を導入する機会があったことである。さらに、高層マンションの敷地が東京海上からマンション業者に売りに出された1993年以降はさらに高層マンションの建築の危機が迫ったのであるから、高度地区や地区計画による高さ制限を含む景観保全のための規制が求められたのである。しかし、実際には、建築確認がなされて後に地区計画や建築条例が施行されるというように市の対応は立ち遅れてしまった。
 景観、特に都市景観の保全や創造は、市民合意を背景としてしかなし得ない。そこでは、市民の総意をリードする自治体の姿勢が問われる。その意味で、国立の経験は負の教訓として生かされるべきである。今は維持されている各地の都市景観が、実は破壊可能な脆弱な基盤に置かれているかも知れず、自治体は景観を守るために、何が必要かを住民に知らせ、景観破壊を未然に防ぐルールを先導して作る必要がある。
 原告からの評価にもかかわらず、私はこの最高裁判決に不満がある。判決がいうように法令による景観保全の規制があれば、違反建築が撤去などの対象となるのは当然である。国立の例のように、景観保全を目的とした建築条例がまさに定められようとしていることを知っている業者が駆け込みで建築確認を取ったことが実質的に景観利益を侵害していることの違法性を認定することこそ都市景観重視の時代の最高裁判決に求められていたのではないか。

(おおにし・たかし)


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